活字中毒者の乱読日記 印象批判100%
夏目房之介『男女のしかた』
夏目房之介『男女のしかた』江戸・明治の艶学、ちくま文庫、
1993、198p、520-
初版:『男と女の法則』祥伝社、1987

閨の御慎しみの事
男女仕附方
女閨訓抄


大名家の姫が嫁ぐ際に持たせた、ということになっている
「閨の御慎しみの事」、
天保から安政年間に、女好庵によって作られたとされる
戯作「男女仕附方」、
江木欣欣女史によって明治39年に刊行、とされる
結婚教書「女閨訓」の3冊の特徴ある書物を、
夏目が「現代マンガ訳」したもの。
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一応、武士階級における(とされている)奥方の心得、
江戸庶民のためになる(と主張する)実用書、
明治期上層階級の古代賛美、性を含めた自然賛美、
開化意識のあらわれででもある女性によって著された教書、
の3つを取り上げてるバランスは悪くない。
1冊目は偽書だと思うけど。

原文のままでいいよ…
夏目のまんががうるさい。
それと80年代ってこともあるかもしれないけど、なんか、
いちいちのコメントが却ってはずかしい。

これは「口で受けた精液を飲め」と教える本が明治期に
あったらしい、という友人情報を確かめるべく購入したんだけど、
うん、確かにそう書いてあったな。
たまご、牛乳なんかより滋養があるから、汚いなんて思うな、と(笑。
そのためにこの1冊を買ったのか、、、という意味のない疲労感もある。
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徐朝龍ほか『謎の古代王国』
徐朝龍監修、徐朝龍/NHK取材班著
『謎の古代王国 三星堆遺跡は何を物語るか』
NHK出版、1993、190p

序 章 古代史推理への旅
第一章 謎の仮面
第二章 幻の古代王国
第三章 伝説の書
第四章 蚕の神さま
第五章 呪術師の手
第六章 黄金の杖の秘密
第七章 仮面に隠されたメッセージ
第八章 太陽を運ぶ鳥の伝説
第九章 破壊された青銅器の謎
第十章 残された絵文字
結 章 三星堆文明の真実と巴蜀文化の歩み


1986年から本格発掘が始まった、中国四川省広漢市の
三星堆遺跡。紀元前16世紀から8世紀の遺物が出土する。
優れた青銅器を中心としたここの出土物と、
『華陽國志 巻第三・蜀志』の記事をもとに、
古代四川省に大きく栄えたらしい古代王国・蜀の謎に迫る。
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さすがテレビ!(笑 読みやすくドラマティック。
わくわくとページを進めてしまう。
それにしても実際に出土したモノ史料の力はすごい。
この3000年前の王国の名残が、地名とか現在の漁法に
残っている、と考えられるところがまたすごい。
それとも何か、3000年の間、四川省では人の移動だ
新技術の流入だとかがなかったわけ?
…なかったのかもしれない…
白髪三千丈は伊達じゃないのか(笑。

考古的な資料をがっつり見たかったら結章からどうぞ。
この「巴蜀図語」って、トンパ文字と同類じゃないのかなあ。
トンパ文字がはやったときは全然これについては言及されて
なかったけど、もう誰か共通性を指摘している人はいるよね。

もう10年以上前の本だし、調査結果って今はどうなっているのかな。
調査報告書はもう出たのかな。探してみよう。
これの巡回展を見に行ったのって、学部時代だったなあ。
10年前?

メモ
・蚕女の伝説(56)
・千里の眼、順風の耳(63)
・銜接(112)
・日本文化との類似性(128)
・小鳥前生譚(142)

20070927借
★★★
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大塚英志『公民の民俗学』
大塚英志『公民の民俗学』作品社、2007、213p、1800-

序   「伝統」と「母性」の相克−柳田民俗学と教育基本法
第一章 「母性」をめぐる伝統はいかに作られたか
     1 民俗学者は何故、架空の血筋を求めたのか
     2 日本人は母性が強い民族だから母子心中をするのか
第二章 「妖怪」とはいかに語られたか
     1 多民族国家論としての「妖怪」論
     2 植民地帰順論としての「妖怪」論
     3 「幽霊」の国家管理
第三章 「愛国心」は「郷土」と「ムー大陸」へ向かった
     1 「ユダヤ人」から「公民」へ
     2 「郷土人」の気持ちは「外人」にわかるか
     3 ナチズムと民俗学
終章  可能性としての「公民の民俗学」
付論  「重ね撮り」写真とナチス民俗学−「日本民俗学」はいかに創られたか

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ちくま新書から2004年に出た『「伝統」とは何か』改訂版。
連休前に借りていたけど、すっかり失念しててあわてて読破。
1日電車に乗ってる間に読めたので、お手頃かも。

「伝統」を近代に於いて創出することに大きく加担した思考として
民俗学を取り上げ、その学問としての成り立ちと変遷/変節?と、
今後取り得べき可能性と、取るべき可能性を論じていく。

『明治大正史世相編』の「われわれは公民として病みかつ貧しいのであった」
という辛辣な一文において柳田が用いた「公民」という語に大塚は着目する。
柳田は「「家」の孤立が「社会病」の理由だとした上で、
しかし「家」を一挙に統合する「公」を用意せよというのではなく、
むしろ「群れる」ことを断念し、「個」であることで初めて「公民」たりうると
説く」(118.13-15)のである。
「群を慕う」感情を断念し、それぞれの「私」を出発点とし、
互いの差異を自らのことばで語りあい、それらの交渉の果てに「公共性」がある、
としたこの立場を、大塚は「公民の民俗学」とここで名づく。
この、「個」としての「公民」を目指す民俗学が、「非常民」から「常民」へと
研究対象が転換されようとする、その間にあったことを、
大塚は柳田の可能性として高く評価するのである。

しかし「公民の民俗学」は大恐慌による社会の混乱、経済の破綻という風潮に
飲み込まれ、後退していくことになる。
たとえば柳田の議論の前提としてあった、日本列島に住む人々は、
国家にまつろわなかった人々や、海を渡ってやってきた人々も含んだ複合である、
という多民族国家論は戦時体制下で政治的に否定される。
かれらを「妖怪」としてカテゴライズすることによって、日本は単一民族国家と
称され、大東亜共栄圏への理論的基盤を構築していくことになる。
共和制を想起する「人民」の語を用いず「常民」という単語を採用するなど、
柳田はナショナリズム的な用語を忌避しつつ、しかしその内実を柳田の
「民俗学」が作り出していくことには、むしろ積極的だったのである。
戦後、社会科の教科書作りに参加する柳田の姿勢は変わらず、
かれは、敗戦によって使用不可になった「国家」という語の変わりに
「世の中」という語を用いようとする。

大塚は、戦後、民俗学という学問は、戦時中に自分たちが「伝統」の名の下に
何を創出したのか、その責任を自ら問うことも検証することもなく、
現在に至る、とする。「戦時下に体系だてられたナショナルアイデンティティ
構築の学としての民俗学を清算できぬまま」(177.9-10)、戦後の民俗学が
それに替わる目的なり方法なりを見いだしかねていることを、
痛烈に指摘するのである。

大塚は、「伝統」や「日本」への欲求は、現代の日本人が「個」であることから
逃げようとしている、「個人」であることに耐えかね、その意味で「近代」を
諦めかけている人々の存在を浮き彫りにする、と説く。
その中で「伝統」や「郷土」や「国を愛する心」の教育化の現場において
民俗学が否応なくこれにかかわらざるを得ない現状を指摘する。
そこで大塚は、日本民俗学は、柳田が提唱し、成立することのなかった
「公民の民俗学」こそが、われわれが「日本」や「ナショナリズム」という
近代の中で作られた「伝統」に身をゆだねず、それぞれが違う「個」として、
しかしともに生きていくために、どうにか共存できる価値を「創る」ための
唯一の手段であると、その可能性を主張するのである。

・「創る」のは「伝統」ではなく、「個」から出発する「公共性」である
(169.14)
・「伝統」や「郷土」「国を愛する心」をただイデオロギーとしてのみ批判するのではなく、それが何故、必要とされ、誰がどのようにして創り、そして今の私たちが本当にそれを必要としているのか、ということを具体的に検証しうる経験を民俗学は持っているとぼくは考える。そのような関わり方を民俗学は選択しうる(211.8-11)
・民俗学もまた「近代」との対峙をサボタージュするべきではないのである(211.13)
という大塚の主張を、われわれは聞き逃してはならないはずである。
「大塚? アカデミズムの人間でもないくせに」とかって言ってるバヤイじゃない
気がするなあ。

ただ、内容はともかく、ちょっと誤字が多いような気がする。校正があまい。
せっかく誤植喧嘩別れ(笑)から心機一転しての出版なのに(笑。
それから「創る」「作る」の使い分けが不明瞭で気持ち悪かったかな。

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善積京子『婚外子の社会学』
武内徹『お前はうちの子ではない橋の下から拾ってきた子だ』
木村敏『人と人との間』
今村充夫「千体仏という碑−幼児供養をめぐって」(『日本民俗学会報』第15号)
塚本学『生類をめぐる政治』
岩本通弥「血縁幻想の病理−近代家族と親子心中」
    (岩本通弥編『都市民俗学へのいざない』1)
     「「民俗」を対象とするから民俗学なのか」
家永三郎『津田左右吉の思想史的研究』
横山茂雄『聖別された肉体−オカルト人種論とナチズム』
藤野七穂「偽史の野望の陥没大陸」“ムー大陸”の伝播と日本的受容
    (ジャパンミックス編『歴史を変えた偽書』)
G.L.ゴム『歴史科学としてのフォークロア』
高原隆「ジョージ・ローレンス・ゴム民俗学の柳田國男の監修について」
(「日本民俗学」第217号、1999)

2007.4借
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今村仁司+今村真介『儀礼のオントロギー』
今村仁司+今村真介『儀礼のオントロギー』講談社、2007、286p、1900-

プロローグ
第一章 社会を再生産する「儀礼的実践」
  一 儀礼なしに社会と国家は存続するのか
  二 政治思想における儀礼論の不在
  三 「儀礼的実践」の概念を目指して
  四 人類学者たちの儀礼概念
  五 無意識的な世界解釈図式?社会再生産の条件
第二章 狩猟採集社会に儀礼はあるか
  一 ブッシュマンの流動的な社会編成
  二 ムブティの安定した集団編成
  三 ブッシュマン社会における「儀礼的実践」
  四 ムブティ社会における「儀礼的実践」
  五 「儀礼的実践」と行動の定型化
  六 狩猟採集民の宗教感情と儀礼  
第三章 首長制社会の再生産装置
  一 権力なき首長制
  二 ドメスティケイションと社会の形態変化
  三 分散化傾向をもつトングウェ社会
  四 トラジャ社会の演劇的儀礼
  五 構造としての「儀礼的実践」
第四章 神聖王権と国家の本質
  一 首長制と神聖王権
  二 聖なる王の外部性
  三 犠牲者としての王
  四 首長と王
第五章 古代的国家儀礼
  一 インドネシア・バリ島の王権儀礼?民衆と王権の共同演技
  二 古代ギリシアの儀礼?公共奉仕と演劇
  三 古代ローマの儀礼?贈り物と競技会
  四 ビザンツ国家と儀礼?民衆を巻き込むイベント
第六章 初期近代国家=絶対主義時代と儀礼
  一 絶対主義?社会的結合関係のブリコラージュ
  二 独自の王権維持的儀礼体系
  三 法律家知識人が進める中央集権化
  四 初期近代社会の再生産構造?社会的人間は君主一般を要求する
  五 王権の演劇的表象システム
  六 儀礼装置としての祭祀王
第七章 近現代国家と儀礼
  一 規律訓練する国家の登場
  二 国家のイデオロギー装置と「儀礼的実践」
あとがき
参考文献

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第一章
・宮廷内の諸儀礼は王と臣下の身分的差異を日常的身振りの中で臣下の身体のなかに刻印する機能をもつ(18.12-13)
社会が儀礼的なものなしには存在し得ないという事実(20.11)
・ギアツ:非合理的な残滓やつかの間の非本質的な現象ではなくて、まさに社会の現実としての儀礼(38.5-6)
・青木保:真実のメッセージを開示するメタ・コミュニケーションとしての儀礼(39.5)
・竹沢尚一郎:象徴体系としての儀礼は、「人間の身体および意識の奥底に位置する情動、衝動、イメージ、意欲、記憶などの、形式をもたず、制御しにくい要素に、ある種の形式を与え、一定の方向に導くために人間が作りあげた装置と考えることができる」(竹沢尚一郎『象徴と権力?儀礼の一般理論』勁草書房、一九八七年)。
 人間身体に直接作用することを通じて、そこに社会的な秩序をもたらす象徴装置としての儀礼(39.13-17)
・清水昭俊:メタ機能(超越的なものや非日常的なものを表象する機能)を担う形式化されたパフォーマンスを儀礼的なもの一般として捉えること(40.7-8)
・福島真人:人間と環境とのインタラクションとしての儀礼?これが福島の考えであり、それは禁煙有力になりつつある認知科学的立場に基づくものと言えよう(41.8-9)
・「儀礼」という言葉を「説明されるべき事柄」として事実確認的な(consavative)記述用語として使用する文脈と、それを説明概念として理論的に使用する文脈とを可能な限り区別する態度、堅苦しく言えば「認識論的反省」を自覚的に運用することが重要である。(45.13-16)

第二章
・超越的景気は、おそらく定住化やドメスティケイションの開始によって「その日暮らし」から「遅延的利得システム」へと移行するのに伴い、財の貯蓄や人口増加やテリトリー化や人間関係の組織化・複雑化が進行し、社会内部における物質的な格差などに起因するさまざまな心理的な葛藤が一定期間解消されずに持続せざるを得なくなって以降に、しだいに熟し始める。容易に解消されない不平不満の数々が長期にわたって社会内部に滞留するという事態が、それらをコントロールする技術としての呪術や宗教の成立をもたらす引き金の一つになると考えられる。(92.14-98.2)
・そもそも、およそ人間が行う認知活動には、単なる動物的な「恐怖」とは質的に異なる人間固有の他者経験をもたらす最小限の宗教的と呼ぶほかはない契機が、ほとんど常に胚胎しているのではないか。その意味では、人間の認知プロセスそれ自体が宗教的経験の培地に他ならない。(94.1-3)

第三章
・個別の儀式のひとつひとつではなくて、それらをまとめ上げてひとつの有機的な儀礼機関(装置)が形成されるときには、個々の儀式の意味は総体のなかに位置づけられ、「儀礼的実践」の構成要素となってメンバーを「この」共同体の不可欠のメンバーとして育てることができる。(117.10-13)
・構造論的人類学は、社会の「構造」の厳密な概念的構築を通して実証的に調査され蓄積された研究資料を統合し、概念からの照明によって社会と個人、社会を作り、かつそのなかで生きる人間的諸個人の認識と行動の両面での意味理解を助ける。科学的人類学はイデオロギー的「人間中心主義」を認識論的障害物とみなし破壊することではじめて、人間なるものの意味をより深く理解することができると考える。このとき科学的人類学は哲学的人類学と一致する。要するに、社会の科学は一般人間学として哲学と統合される展望をはじめてもつことができる。(122.14-123.2)
・人間の社会は、つねに危機にさらされており、その危機は病気、飢餓、内乱、戦争、その他の形態を取って登場するが、これらの危機的現象は、それに出会う当事者から言えば前にはなかった(だから打つ手のないような)出来事に見える。このような出来事が時間を意識させ、それを通して出来事を「解釈する」物語が生まれる。この物語はかつてミュートスと呼ばれ、いまでは歴史(事象ではなく語られる歴史)と呼ばれる。(社会の)構造と歴史は無関係ではなく、互いに相容れないのでもない。むしろそれとは反対に、社会の構造は出来事としての歴史にたえず接触し、出来事の破壊的影響を最小限に縮減することによって不連続的な「傷」を普段に修復し、あたかも過去からずっと同一であったかのように反復再生産するのである。
 換言すれば、構造は出来事の衝撃を吸収する柔軟性をもっていて、つねに外部から来る出来事の破壊力を無害化する能力をもっている。構造とは出来事=歴史を栄養分にして?外部からの栄養を取り入れてとも言えるが?生き延びる独自の主体である。(123.14-124.6)
・「儀礼的実践」は、個々人のあいだに現実には上下関係や資質の差異があるにもかかわらず、全員を等質的で画一的な存在者へと知らぬ間に切り換えてしまうのである。まさにそこに、「儀礼的実践」の構造維持的・再生産的機能がある。(128.10-13)
・社会も国家も、個々の儀式が個別的に生成し消滅することでなんらの影響も受けないが、個別の儀式や祭式を社会的規模で有機的に組織し、それらを貫く構造形成・再生産的作用を「儀礼的実践」の総体として設定しなければ、存続はあやうい。(129.2-5)

第四章
・個々人の行動はけっして画一的ではなく、むしろ多様で変さと逸脱があるのだが、それらのでこぼこを平坦に、あたかも全員一致があったかのように一定の型と規則にしたがうように行動の総体が仕立てられる。われわれは、この無意識的(心身に刻まれ沈殿するという意味で)な働きを「儀礼的実践」として定義したのである。(133.4-8)
・この技法は一般に神話の修辞的語法のひとつである。
 起源神話は、政治権力の本当の姿をおぼろな神々の世界に移動させて、人々の目から権力の血なまぐさい真実の姿をぼかしてしまう。神話はあたかも簒奪がなかったかのように、また昔からいまあるような姿であったかのように、権力を美化して語る。これはまぎれもなく権力の正統化/正当化の物語である。そして被差別民の存在には沈黙することもまた、正当化物語の重要な要素である。
・神聖の要素とはなにか、どんな機能をもつのだろうか。神々に守られた王という形式で語ることで、王はますます神聖になるが、「神聖である」とは一般人民から隔絶していることであり、一般人民の出自とは無縁の出自であるとあえて言わなくてはならない。
 神話的に言えば、神聖な王は外部から来たのである。「外来王」の観念は地球上にかなり広範囲に見られた。(150.14-18)
・神聖王権は親族共同体と本来の政治権力(国家)とのあいだにある特殊な過渡的システムなのである。それはまだ国家(権力)ではないが、一定の条件があればいつでも国家へと成長する可能性をはらんでいる。原初の首長はけっして「聖性」をおびていない。(165.14-16)

第五章
・王権表象の社会的拡散に一定の貢献をなし得たと考えられるものをいくつか取り上げて、それらをとくに王を構築する大衆メディアと呼び、このなかに芸術や記念碑も便宜上含めて考えることにする。(230.5-6)
・大衆メディア(=芸術・記念碑)に含まれるものは、基本的に、王の超越的な規範的拘束力があらゆる階層の人々の心と体に十分に実効的に浸透することを促進する装置である。その意味で、これらの大衆向けメディアの役割は宗教的制度の役割に等しい。前に使った言葉で言い換えると、それらは王に対する当該社会の人々の無際限な負い目の感情、すなわち、自分の存在を全面的に王に負っているという自覚や感情を喚起し続ける装置なのである。そうした大衆向け装置の多くは儀礼的表象や理論装置と協働しながら、王の信頼をスペクタクル化・記念碑化することによって、王という超越的審級に照応する「われわれ臣民(国民)」という意識や情動のリアリティーを保証する。だからそれらは、王権を神話的・宗教的装飾で装いながら、現実の歴史的存在としての王の身体の幻想的存立と永続的存続を可能にするのである。(230.16-231.6)
・王権は、人々の心が支えている。それゆえに、人々の心が十分に離反してしまえば、王権は維持され得なくなる。そうだとすれば、王権の支持へと向かう集合心性が王国全般にわたって、十分に形成されていることが、王権の維持にとって不可欠ということになろう。そのためには、知識人向けの理論的言説が特権階層のなかに流布するだけではどうしようもない。王権は知識人ではなく、民衆が支えるからである。(234.8-12)
※西欧中世の英仏の王たちや、その後裔である初期近代の絶対君主たちは、「奇跡を行う王」であったという(cf., M.Bloch, Les rois thaumaturges, Gallimard, 1983.)。「奇跡」はこの場合には病気の治療に成功することを意味する(あらゆる病気ではなく、瘰癧に限定される。なぜ「王の病気」が瘰癧なのかについては、ブロックの書物が詳しい)。(235.9-12)
・「儀礼的実践」は、個々の儀式やセレモニーや祝祭には換言できない社会的現実であって、それは相互に異質の儀式や祝祭の全てをまとめあげ、当事者の意識と意図を越えて、ひとつの構造体としての儀礼装置を構成していく。

第六章
・もともとヨーロッパは、教皇を中心とする「キリスト教会」(「キリストの体」、「キリストの神秘身体」)の言わば文化的植民地として形成されてきたのであり(それ以前の歴史的世界に「ヨーロッパ」は存在しない)、特殊ヨーロッパ的と見なし得る王権的主権国家は、あくまでもそこからの派生形態であるように見える。つまり、ヨーロッパの文明的基層は、ギリシア・ローマだけでも、ましてやゲルマン、ケルトだけでもなく、それらすべてを包摂する「キリスト教の」文明なのだ。(232.5-10)

第七章
・初期近代の社会と国家が直面した経済的現実は多々あるが、経済的生産の領域では身体問題であった。古いリズムを刻み込まれた農民的身体を、いかにして工場と機械のリズムで動く近代的産業身体へと作り変えるのか。(250.7-9)
・身体の管理や統御は政治的技術でありつつ、同時に儀礼的である。身体に「儀式を押しつける」のは身体行動を規則的に、定型的にすることをめざす。(252.4-5)
・心身の訓練が儀礼になるなら、初期近代国家が生みだした諸制度のなかで誕生した「人間科学」の知の組織化(教科書化)もまた儀式・儀礼的性質を濃厚にもつことになるのも必然的である。(255.3-5)
・このような心身訓練は人間的身体を規律的にするばかりでなく、個々の人間をめざし、個々人の心の内面にまで容赦なく足を踏み込む権力装置である。おそらく規律と訓練は個人の内部の精神の制御なしには不可能であったのかもしれない。フーコーの問題関心はこの方向に動いたように思われる。そしてまさにそこに合理的身体管理の政治技術が同時に典型的な儀礼装置であることを自ら露呈するとわれわれは考える。(256.7-11)
・服従強制と反抗・抵抗の抗争の経験を総体として捉えると、強制の側からの定型的儀礼的行動と、抵抗と反抗の側からの定型的儀礼的行動とが当事者の意識を越えてひとつの巨大な儀礼装置を構成していると見なすことができる。ヴェクトルの違う二種類の個別的儀式と典礼の魂?これが儀礼装置である?を完徹する集合的無意識としての「儀礼的実践」が活動する。フーコーの言う規律訓練のテクノロジーが司牧権力という内面管理技術として高度に発展するとき、「儀礼的実践」の実質もまた高度な密度にまで達するであろう。これが現代における「儀礼的実践」であるということができる。われわれはフーコーの研究を儀礼論の観点から解釈しなおすことができると考える。(261.1-8)

・国家による上からの「魂の管理」と服従強制は、司牧権力という形式をとらなくても成り立つ場合がある。(中略、1869年7月27日の民部省規則、知県事への通達を引用)
 明治政府は各府県に向けて、一方で上から封建的道徳教育を信仰させてお上を信頼させるように努力しつつ、他方では各種の徳目(中心、孝子、節婦、義僕など)の模範人間を選び褒賞して、国家と人民とのあいだに情緒的交通を可能ならしめようとした。言い換えれば、道徳の上からの強制と注入によって、民衆の「受動的服従」(※)をもたらそうとしたのである。(中略)
 明治政府の道徳的民衆宣撫は民衆の同意の獲得をめざし、同意獲得をもって現存権力の正当化を実現することであったが、他方では政治権力の維持と再生産のために不可欠の儀礼装置と「儀礼的実践」を創出する必要に迫られたのである。(261.10-263.7)
 (※ 藤田省三『天皇制国家の支配原理』未来社、1966、97p)

・儀礼的装置は歴史が現代に向かって下るにつれて複雑多様になり、ついには現代国家において社会のなかの全ての制度と機関が公私の別なく儀礼装置になる。(中略)儀礼装置は鋳型であって、そのなかであたかも学校が具体的個人としての子どもを画一的な「生徒」に変形するように、あらゆる個人を定型的人間にする。儀礼装置は国家として組織される社会にとってなくてはならない「担い手」・「支え手」を生産する装置でもあり、「自由から逃走できる」ぬるま湯の安息所にして同時に地獄である
 しかしこうした装置と「儀礼的実践」は、けっして付録でも外部的でもない。それらは人間内在的であり、人間の社会的存在の構成要素であり、人間的本質の一構成要素である。人間とは儀礼的存在である。(275.1-11)
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第七章のために借りたはずなのだが、たどり着く前に息切れしそうだった(笑。
しかも、明治以降の日本の体制、特に民力涵養運動などの儀礼重視の例などは
全然採用されてないのね(笑。
「人間とは儀礼的存在である」この一文のために、古代から近代に至るまでの
さまざまな国家体制を並べ、カテゴライズし、それぞれの国家における
「儀礼的実践」を確認していく、地道で細かい作業。なるほど。
しかし、例えば1869年7月27日の民部省規則やら何やらまでを
孫引きするのはどうかなあ。せめて引用でしょう。日本語なんだし。
っていうジャンルじゃないのかな。

それから、上記引用文の強調部分は全部原文ママなんだけど、こういう書き方って
社会思想史とか社会哲学とかでは普通のことなのかな。
不勉強なのでわかんないな。ちょっと違和感。教科書みたい。教科書なのか!?
でも、引用される社会学系の文章では、その原文に強調が入ってたりするので、
この分野の作法なのかも。なんで強調されてるのかわかんないときもあったけど(笑。

2007.4借
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服部幸雄『歌舞伎のキーワード』
服部幸雄『歌舞伎のキーワード』岩波新書84、1989、1995第9刷、224p

芝居の春秋
芝居/歌舞伎/狂言/二番目物/世界/初曽我/猿若/大入り・大当たり/
十八番/旅芝居/千秋楽

演ずる空間
揚幕/花道/幕・幕引き・幕の内/七三/大向こう/楽屋

役者と見物
役者/襲名/花形/名優・名人/立役/二枚目/公家悪/女方〔女形〕/
おやま/贔屓

芸?その伝統?
六方/やつし/口説き/ツラネ/宙乗り/けれん/見得/型

演出の風景
奥の一間/道行/だんまり/花見/ツケ/差金・黒衣・黒幕/遠見


タイトル通りに、これらひとつひとつの小見出しをキーワードとして
解説した新書。雑誌「ほうおう」連載。
歌舞伎好きで、もっと知りたい人向け。逆にいうと、一度も見たことがないうちに
読むと、頭でっかちになってよくないかも。
始原とか、民俗とか、容易に言いがちなところが気になるけれど、まあこれは
お得意のエッセイのようなものなのだから楽しめばよい。

「道行」がためになったので抜き書き。

  その間の道のりの遠さ、それにかかった時間の重みは、道中の地名、
 見聞する風景や風俗を言い立てることで実感を得ることができる。
 その旅の間に、旅する者の情念はいよいよ強固になり、凝結してくる。
 これが重要なところであり、道行の形式がもたらす効果なのである。
  素朴な形式の道行は早く記紀の歌謡や『万葉集』の中に見えている。
 始原的に言えば、もともと道行発生の基盤は神々の遊行・巡幸を
 物語る叙事的な語り物にあったのではないかと思われる。
 国々を経めぐる神々の存在を信じた古代人たちは、遍歴して邪悪を
 たおしていく神が、たしかにそれぞれの土地を通っていったということの
 確認を必要とした。そのことが共同体の安全を保証したからである。
  神の遊行を語ることから、やがて人の道行の文芸へと移行する。しかし、
 後世の道行もこうした古代の神遊行の道行の記憶を完全に
 忘れ去ったわけではなかった。平曲や説経節のように、みずから漂泊放浪する
 芸能民だった人たち??下級宗教者でもあった彼らは、自分たちが諸国を
 経めぐった体験を、そのまま物語りの語りの中に投影し、再現する。
 (193.1-13)
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吉田敦彦・松村一男編『神話学とは何か』
吉田敦彦・松村一男編『神話学とは何か もうひとつの知の世界』
有斐閣、1987、244p

第1章 神話とは何か
1 神話の定義
2 神話の分類
3 神話と思考

第2章 神話学の現在
1 人文科学の変貌
2 ユングと深層心理学
3 イェンゼンと現代歴史民族学派
4 デュメジルと「新比較神話」
5 レヴィ-ストロースと神話の構造分析
6 その他の研究者

第3章 日本神話の改名
1 縄文期土偶の教えるもの
  イェンゼンのハイヌウェレ神話論と日本の農作物起源神話の前史
2 ユーラシア文明よりの光
  デュメジルの三機能説と日本神話の基本構造
3 日本神話の論理
  レヴィ-ストロースの構造親類学的分析に照らしてみる
4 日本神話の特徴
  ユングの元型説によって明らかにされたこと

第4章 神話研究の歩み
1 古典時代
2 古代末期から中世へ
3 近世
4 一八世紀
5 一九世紀前半
6 神話学の誕生?一九世紀後半?
7 二〇世紀前半

3章のみ吉田、他は松村


大林太良『神話学入門』(1966)以降の神話学会の動向や変化を含め、
神話学の入門書として書かれた。
まず4章を押さえてから読んでもいいかも(笑。
自分にいちばん役に立ったのは第3章。そりゃそうか(笑。吉田節炸裂。
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繁田信一『天皇たちの孤独』
繁田信一『天皇たちの孤独 玉座から見た王朝時代』角川選書404、
角川書店、2006、238p、1500-

序章  ひとりぼっちの天皇たち
第一章 一条天皇の憂鬱
第二章 円融天皇の嫌悪
第三章 東三条院藤原詮子の偏愛
第四章 花山法王の不満
第五章 上東門院藤原彰子の困惑
第六章 三条天皇の警戒
終章  裏切られる天皇たち



神大の特別研究員さん。9つしか違わないのに、
けっこう単著もあるみたいですごいです。
権力の頂点、神性の顕現、みたいに表象されがちな「天皇」という
存在が、中世の特に摂関期においては、めちゃめちゃないがしろにされてた、
気苦労の多いポジションだった、ということが、これでもか、という
例で紹介されてる本。

結局、天皇という存在や地位は何なのか、ということを、歴史学はいまだに
明らかにしきれていないのだよね。
近代以降の「天皇」と、それ以前の「天皇」、それぞれを、きちんと
議論して定義する必要がすごくあるんじゃないの、としみじみ思ったり。

でもさ、この時期の天皇っていうのがすごく短命で、悲しい人生が多かった
からといって、「愛息から皇族の身分を奪った桐壺帝は、
実に賢明な父親であった」(238.9)なんて後書きは、ちょっとヨミモノとして
読者におもねりすぎじゃない?

★★
2007.2借
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小松和彦『神になった人びと』
小松和彦『神になった人びと』日本人にとって「靖国の神」とは何か
光文社、2006(単行本:淡交社、2001)266p

文庫版序論 なぜ、人を神として祀るのか
プロローグ 人はいかにして神になるのか
   一章 利用すれば何かいいことがある
      藤原鎌足−談山神社
      源 満仲−多田神社
      安倍晴明−晴明神社
   二章 ひょっとしたら祟るかもしれない
      井上内親王・早良親王−上御霊神社
      菅原道真−北野天満宮
      佐倉惣五郎−東勝寺宗吾霊堂
      平将門−神田神社
      山家清兵衛−和霊神社
   三章 見えざる「力」を借りるために
      楠木正成−湊川神社
      豊臣秀吉−豊国神社 
      徳川家康−日光東照宮
   四章 いつまでも記憶しておくために
      お竹−羽黒山小竹大日堂
      西郷隆盛−南洲神社
      増田敬太郎−増田神社
文庫版あとがき たましいは、いかに祀ればいいのか


詳細後日。
20070118借   
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井本英一『夢の神話学』
井本英一『夢の神話学』法政大学出版局、1997、314p

ニニギノミコトとヤコブ/
アジア文化の中のヤマトタケル/
母子神としての神功皇后と応神天皇/
大国主神とヨセフ/臨死体験と文学/
山の信仰/ヤマトと異界/棄老説話の起源/
死と救済/トーテムと始祖伝説/
味噌買い橋をめぐって/夢中放尿の話/
夢の中で尿をして大洪水になる話/
夢を買う話/言語接触と文化伝播/
アマゾンと女子軍/旅する聖娼/片目の話


古今東西の伝説、説話、歴史、風俗、習俗、等々を
かけめぐる、まさに「夢」のような知的遊戯。
証拠はない(笑。時系列にも沿わない。でもおもしろい。
ヤマトタケルとオイディプスの相違点、なんて、
構造分析や表象論なんかが好きな人にはたまらない話題。

洋の東西でひじょうに似た現象(あるいは話型など)が
見られる場合、その理由をどこに求めるか。
ユング派だと、それは集合的無意識に帰結されるわけだが、
この人はどうしても、本当にその現象(あるいは〜以下略)が
人から人へ、伝播して広まって定着した、と考えないわけには
いかないらしい。
でもさ、こんなに多種多様な話が、いったいどうやって、
なんのルートで、西から東に移動するというのだろう。
そう、西から東、というのがはずせないルートだし。
中東とかシルクロードとかが専門の人っぽいからかな(笑。

うーん、おもしろいけど、当然ながら鵜呑みにしたり、
論文に引いたりとかはしないな(笑。
ちょっと牽強付会?
おもしろいんだけど、ほんと。

★★
20061121借。
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スンナ派:「私はアッラーを信じる」
     「私は『コーラン』の啓示を信じる」
シーア派:プラス「私はアッラーから、神的存在の一部として
     とくに選ばれたイマームが、救済への指導者である
     ことを信じる」

イマーム:マホメットの娘、ファティマの夫で、
     マホメットのいとこであるアリーが初代
     それぞれが殉教し、次の代のイマームに引き継ぐ
     12代、ハサン・アル・アスカリーの息子、
     ムハンマドは13代であり、父の殉死とともに「隠れた」
     後生、救世主として出現する
     真の統治者は、この12代目の隠れイマームである
(185.12-187.11)

→スンナ派とシーア派では、イマームの解釈にが分かれ、
 それによって預言者ムハンマドの立場が変わる
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阪本是丸『近代の神社神道』
阪本是丸『近代の神社神道』弘文堂、2005、286-

はじめに
第一章 明治維新と国学者
 岩倉具視とその時代/松尾多勢子と岩倉具視/
 矢野玄道とその盟友/福羽美静と明治の即位・大嘗祭/
 明治の即位礼と大嘗祭/皇室典範と登極令/
 明治の大嘗祭 悠紀・主基両国民の奉賛/
 
第二章 明治維新と神社の改革
 明治神道雑感/近代神葬祭の光と影/
 改暦と祭日/幟仁親王と明治の神道/
 史料の吟味と熟読

第三章 明治末期・大正期の神社制度
 日露戦争後の社会と文化/
 神社合祀策と政府・帝国議会/明治神宮の創建と聖徳記念

第四章 国家神道とは何だったのか
 国家神道についての覚え書/
 「国家神道」の語彙と由来について/
 神社制度の在り方/「国家神道」研究の現状

余論 近代の神社と社会の関わりをめぐって
 近代日本の根本理念/近代日本の曙/
 明治維新と神社の改革/明治維新と神社祭祀の変革/
 近代の氏子制度/神社の公共性をめぐる歴史/
 近代の暦と祭祀/五穀豊穣の祭りと唱歌/
 東京の講演の系譜と神社/
 大嘗祭、そして米の行く末/
 愛媛玉串料訴訟「違憲」判決に想う/
 古典を読むことの意義/
 「近代的な学問」としての神道学



近代の「神社神道」=「国家神道」という図式に対する
批判的な見方を含む、神道史の本。
ここでは国家神道を、教派神道の対義語としておく。
それに対して神社神道とは、神社を中核とする
日本人の伝統的神祇信仰、あるいは崇敬によって起こる
あらゆる現象を指す語として定義する。

日本の近代とは、何なのか。
本腰を入れて検証しなければならない。

★★★
20061121借。
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