活字中毒者の乱読日記 印象批判100%
木尾士目『げんしけん』第9巻
木尾士目『げんしけん』第9巻、講談社、184p、514-
最終巻


まさに「卒業そして完結」(by帯)笑。
たとえば『五年生』のように、キャラの内面にがっつり入るとか
登場人物同士のものすっごい濃いコミュニケーションを
延々描くとか、そういうことをするには、このサークルでは
人数が多い。
となると、当然幾人かのキャラを選定しなければならなくなる。

…いつのまに大野さんがこんなに前面に?
…いつのまに笹荻のコイバナ(しかし古いいい回しだね >自分)?
…必要だったのか、スージー?

など、ちょっと特定のキャラに比重かかり過ぎな印象が
全作を通して否めない。
なんか、こんなの読みたかったんじゃないよーな、と
いうよーな。

覚悟が足りなかった笹原が、「それ」を自覚していくプロセスとか、
自分に理解できないものを、あるときは暴力を使ってまで
排除していた咲ちゃんが、次第にそうでなくなっていく。
「お前なんもねーな」「マジない…」だった恵子が、
うまくいかなかったとはいえ、自分で大学受験を目指したり、
それこそ「一般人」「違う星の人」と、自分との差異を
ことさらに主張して、オタク以外の人間との距離を必要以上に
取っていた斑目が、咲ちゃんを好きになったり、
摩擦係数を極力低くして周囲との直接衝突を避けていた面々、
特に久我山などが笹原と大喧嘩をしたり、

というようなとこが、わたしにとってはおもしろい部分だったし、
作中のアニメやらゲームやらの元ネタを探すのにも興味ないし、
だからこの作品が、どうも作品自体の進みたい方向とは
別の部分で高く評価され、評価されすぎているような気がする。
同人誌とか、全然いらなかった。おもしろくなかったし(一応買った)。
わたしはこれを、「アキバ系青春物語」(by帯)だとは思わないな。

もう、途中から属性とかなんとか、強調されすぎ。
個人が心引かれるものに、ある程度の傾向があるのは当然。
でもその傾向の中からエッセンスを取りだし、
そのエッセンスのみを愛でるのはどうなんだろう。
あるいはエッセンスを持っているが故に、そのキャラを
好きになる、というのも欲望の方向としてどうなんだろう。
でも属性って考え方はある意味、構造分析の手法だよな、と
好意的にも感じるけど、でもね。

とりあえず、咲ちゃんの前髪万歳だな(笑。
★★★
20061215購入
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