活字中毒者の乱読日記 印象批判100%
吉村典子『子供を産む』
吉村典子『子供を産む』岩波新書、
1992、262ページ



買った本はすぐ読むのに、
貰った本はなかなか読まないのは何故だろう(笑。
吉村さんご本人からいただいて、約半年経ってようやく読了。

日本民俗学において妊娠、出産(分娩含む)、育児などの産育の分野は
驚くほど研究が遅れているし、ますます困難になっていくだろう。
四国の山村および漁村における産育調査は緻密で、
80年代にこれらのFWによって、
とても貴重なデータを採取できた、ということになるだろう。

この調査がおこなわれた当時、出産は仰臥位が文句なく主流に
なっていたし、陣痛促進剤の投与も多くの産科ででおこなわれていた。
会陰切開は胎児を守るための当然の手段だった。
著者はそれらの産科の技術が、ほんの50年くらいの間に、
「クリーン」で「安全」であるというイメージとともに
もたらされたものであるということを、次第に知っていくのだ。

日本の近代における助産婦と産科医の関係については、
他にも論考があり、いま研究が進んでいる分野でもある。
著者は、その関係に、女性−男性の関係性を透かして見、
「産む主体」であるはずの女性から、お産という行為が
乖離していく(いる)実態と、その構造、そして原因を
考えていくことになる。

そういう点では、これは優れた論考であるし、
繰り返しになるがフィールドノートとしてもよくできている。
しかし、どうも煩雑な印象が否めないのは、
出産うんちくというか、上記の流れとは異なる細かい情報が
いくつもいくつもちりばめられているからだろう。
結局何について書きたかったの? という感想を得てしまうのは
この本にとっても残念だ。

それと、著者が産育研究に興味を持ったのは、自身の出産経験から、
という部分から、したかないことなのだとは思うが、
結局「産んでみないことには」という体験至上主義にも似た
論調を感じてしまう。
おそらく著者自身は、そんなことは毛頭思っていないのだろうが。
あるいは、新書という媒体の性格上、そのへんはむしろ、
著者の実体験に結びついている方が好まれるのかもしれない。
でも吉村さん、普通の研究発表でも、わりとそういうところあるよな。。

記述や研究における客観性と情熱と動機の関係は、
一筋縄には行かない。
そんなことも考えた。

★★★と1/2
20061019読了。
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