活字中毒者の乱読日記 印象批判100%
約束の場所へ:小山宙哉『宇宙兄弟』1巻〜12巻(以下続刊)
小山宙哉『宇宙兄弟』1巻〜12巻(講談社、2008.6〜)

本気で宇宙を目指してる漫画があるらしいよ。
と、こっそり噂は聞いていたものの、なかなか手が伸びずにいた『宇宙兄弟』。
顧客のニーズと上司の抑圧の狭間でぶちきれた中間管理職の友人が帰宅途中に大人買いし、3回連続して読了した後「これうちにあると仕事にならないから」と里子に出されてきた。持つべきものはお財布の大きいストレスフルな職に就く友人である。

『宇宙兄弟』。
まずカバー紙がかわいい。ぱっと見はシンプルな白なのだが、光を当てると星とラメが七色に輝く。
ロゴの文字も軽いレトロ感と、メカニカルに堅い感じが出ていてよい。
帯をしたままだと背表紙で巻数を確認できないのが難点。
しかしこの帯がいちいち悪くないので、はずすのももったいないという心境だ。

本気で宇宙を目指してる漫画
で、
…本気で宇宙だよ…
という衝撃をまず受ける。
的場健『まっすぐ天へ』(講談社、2004)なみの直接さだ。あっちはイブニング、こっちはモーニング。朝晩対決やいかに(違います)。

人類の月面長期滞在が可能になっている近未来。
主人公の3歳下の弟は宇宙飛行士で、まもなく日本人で初めて月面に到着する。
その弟の悪口を言った上司に頭突きし、自動車設計会社を冒頭でいきなりクビになるのが主人公、六太だ。

少年の頃は弟とともに宇宙大好き少年で、宇宙飛行士になる夢を互いに抱き、相模原はじめJAXAイベントに通いつめていた主人公。しかしいつの頃からか自分の気持ちにブレーキをかけ、工学部卒業の後は自動車設計会社に就職し、勤務を続けていたのだ。一方、弟の日々人は自分の中にある「絶対」を信じ、JAXAの選考をパスし、NASAでの訓練の末、宇宙飛行士となった上、月面着陸クルーの一員に選ばれたのだ。

兄としてのプライドと、弟を守る兄でありたいという自負、いちばん近いライバルとしての葛藤。
うにうにと自分に言い訳をして動かない六太に、日々人がひとつ作戦をしかける。母に頼んで、JAXAの宇宙飛行士選抜試験に願書を応募させたのだ。
日雇いのバイトから帰宅した六太に、書類選考通過の通知が渡される。その日から六太の物語が始まるのである。

取り戻していく物語
とはいえこの六太、少年時代はかなりアグレッシブで、さまざまなことにチャレンジしていく熱い性格だった。寝食を忘れて勉強し、仕事以外ではさびついていた頭脳を磨きなおしていく。体力作りのために毎日走りこみをする。六太にとって宇宙飛行士への道は、まさに取り戻していく過程なのだ。
その過程で、自分の、宇宙へ行きたかった思いを、六太は思い出していく。そして、何故かれが宇宙へ行きたいのか、宇宙へ行って何をしたいのか、を繰り返し思い起こさせてくれるのは、恩人である天文学者のシャロン博士だ。
シャロン博士の名を冠した小惑星「シャロン」。地球からは小さな点としか見えないこの小惑星。しかし、空気のゆらぎのない月面に望遠鏡を建てたら。そこから見える深宇宙では「シャロン」の姿が美しく観測できるだろう。月面に天体望遠鏡を建てる。それが六太とシャロンの約束だ。

六太が宇宙を目指す途上では、いくつもの夢とさまざまな約束が交差する。父の難病を治せる薬を作るためSSLに搭乗したい医師、民間からの有人飛行を目指しベンチャーを立ち上げる60代、兄弟揃って月面に立つ約束をするエリート宇宙飛行士、宇宙を目指し炭鉱の町から飛び立った少年たち。その群像劇も見応えのあるものだが、それをいちいち説明するのは野暮というものだろう。
叶わぬ夢があり、夢にならぬ夢があり、あるいは人に嘲笑される夢がある。しかし、心の奥底にある「約束」が、かれらをして、何度も夢に向かわしめるのだ。

ムッタの造形
この「本気で宇宙を目指す」物語を読者に引き寄せているのは、主人公六太のキャラクタである。
六太は、クビにはなったとはいえ、乗用車の設計で何度も賞をとっているような産業デザイナである(そういう人材を頭突き程度で手放す会社はあるのか? という疑問は実はあるのだが)。
まず、母が勝手に応募した履歴書で書類選考を通過するのがすごい。普通落ちるぞ? 落ちたら話が始まらないが。
また、「エアそろばん」、消化器男事件はじめ、六太の映像記憶力は尋常ではない。動画で保存できる直観像気質だ。暗算力もただならない。
「コロコロムッタ」も、コミカルに語られてはいるが、同時並行してさまざまな作業を同じクオリティで遂行できる能力は、そうあるものではない。
「人よりシャンプーがよく泡立」つ天パの髪。ひょろひょろの体。弟と比べると、あまりかっこいい感じではない風貌と、へたれでみみっちい性格にだまされるが、実は六太はたいへんな天才くんなのである。

それなのに、俺は宇宙を目指す! というかっこいいモノローグには、お風呂アヒルとの入浴シーン。
JAXAの壁にかかる歴代宇宙飛行士の写真の眺め、ここは俺のスペースだ! と意気込むモノローグにはにやけた顔。
いくらでも決められるシーンでついはずしてしまう、ムッタのキャラクタが物語を身近にしている。
そして「元」少年漫画のセオリーにはずれない熱さ。
ムッタしかたねえなあ、と苦笑しつつ、美人を見るとどんな美人にも「おっ!」と思い、日々人との関係にもやもやし、細かいことを気にして枝毛を作り、ときどきはっとし、血潮をたぎらせ、また涙してしまうのだ。

こまごまと見どころと心寄せどころ
他にも、お父さんのトレーナーの胸の文章とか、お母さんの振り切れぶりとか(あの髪型は天パなのか?)、擬音とか、商品名とか、へんなところがいちいちおもしろくて飽きない。ものすごくファットな人のお昼ごはんが、それにふさわしいボリュームだったりね。
12巻が最新刊だけど、全体に★★★★★★★。12巻は3つ。ぶちぬきで4つなのは9巻だけど、これはブライアンと金子信一博士のせいです。

ただのdreamer 人はいうけれど
  この地上にあふれる全ては
僕に似た昔の誰かが 夢見てはかなえてきたもの 
(TM NETWORK「Fool On The Planet」)

それぞれのポイントは違うだろうけど、1回以上の涙腺崩壊必至。休みの前日に箱ティッシュを傍らに置き、万全の体制でイッキ読みすることを推奨! 今年も展開が楽しみな作品だ。

1巻 2008.3、2010.6第11刷、222p、552-
2巻 2008.6、2010.6第11刷り、223p、552-
3巻 2008.9、2010.6第8刷、223p、552-
4巻 2008.12、2010.6第7刷、220p、552-
5巻 2009.3、2010.6第5刷、223p、552-
6巻 2009.6、2010.6第5刷、223p、552-
7巻 2009.9、2010.6第5刷、223p、552-
8巻 2009.12、2010.6第5刷、223p、552-
9巻 2010.3、2010.6第3刷、223p、552-
10巻 2010.6、247p、552-
11巻 2010.9、223p、552-
12巻 2010.12、223p、552-

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