活字中毒者の乱読日記 印象批判100%
ただの身辺雑記に用はない:とりのなん子『とりぱん』第10巻
とりのなん子『とりぱん』第10巻、講談社、2010.11、130p、590-

そうか、もう10巻か!

帯が豪華な本巻だが、あいにく中身は既刊にくらべて緩い。夏祭りの金魚を餌のやり過ぎで巨大化させてしまった一連のできごとがメインだが、かまさん編、ヒヨちゃん編などで見られた鋭くありつつも寄り添うような観察眼などはあまり見られない。金魚すくって(厳密には「もらって」)持って帰ってきて、という流れをたどっているだけのように見受けられるのだ。

エッセイでも、エッセイコミックでも、書いている人のほんとの日々の雑感雑記ではなりたたないはず。だったらblogでじゅうぶんな話だし、昨今気の利いたblogはそんなレベルをはるかに超越している。『グーグーだって猫である』に感銘を受けるのは、日常の切り取り方がうまいからだと思うのだ。日常のどういった場面を切り取るか、日常のそれぞれの局面にどのような感情を持つか、という部分のシャープさであったり、独創性であったり。繰り返される時間の、どこに注目して何を思うか。そこにぐっとこなければ、本当にただの日記になってしまう。

現在のところ、特筆するほど画力があるわけでもなく、まさに「切り取り方」によって見せていかなければならない題材を扱う作品の作者としては、もっと精進を重ねてほしい。ちょっと油断してないか?
東北出身の人間にとって、作者が過ごしている生活や風景は、とりたててめずらしいものでもないし、そのことだけを読みたくて本を手に取ることもない。似た環境にいる友人知人は少なくないし、かれらの身辺を聞いていたってじゅうぶん楽しいのだ。それを何故わざわざ作品というかたちのもので読みたいかというと、その「切り取り方」ついで「表し方」を楽しみたいから、に尽きる。
10巻という巻は、ある意味区切りになるかも、とも思えてきた。もしこのままの調子で巻が重なっていくのなら、わたしはこの先を読み続けることはしないだろう。

★★20101202購入
JUGEMテーマ:読書
コミック タ行 / comments(0) / trackbacks(0)
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://blog.coo.sunnyday.jp/trackback/1100593