活字中毒者の乱読日記 印象批判100%
栗田有起『コトリトマラズ』
栗田有起『コトリトマラズ』集英社、2010.3、247p、1500-


小さなインテリアデザインの会社で、中堅に差しかかる年代のデザイナーとして働くモッチー。人生最初の記憶は、母が、知らない男性(の死体)にキスをしている場面だ。大きくなってから母を問い詰めても、そんなことは知らないといい張る。ともあれ、それがモッチーの、人生最初の記憶。
社長の能美さんと、奥さんの裕恵さんとで10年前に起こした会社は、今は10数名の社員が、仲よくだが忙しく働いてる。そんな中、裕恵さんが倒れ、検査入院した。たいしたことはないけど念のため、という裕恵さんを見舞いに、くだものを持って同僚のカヨと病院を訪れる。裕恵さんがすきなのは、桃と巨峰とさくらんぼ。
お持たせの桃を一緒に食べながら、裕恵さんに対して罪悪感も、優越感もないことをしみじみかみしめる。社長を、会社の外では能美さんと呼んでいることも、会社に入ってすぐに能美さんとは体の関係になったことも、ふたりの間にあるものが恋愛ではなく運命であることも。
少なくとも、裕恵さんが出てこれなくなってしばらくして、会社がうまく回らなくなるまでは。
----------
栗田有起のちょっと長編。
母と妹と裕恵さんとカヨと、たくましく葛藤の対象になるのも、励まされるのも、頼りになるのも、かなわないと思うのも、モッチーの周囲の女たちだ。とことんまで影の薄い父も、母が愛し母を愛し、しかし生涯法的には結びつくことなかった母の恩師も、能美さんでさえも、男たちはすべからく、過ぎていく人、だ。選び取った道を、たとえそれが孤独の中を歩むものだとしても、毅然として、しかしいきがらず、かの女たちは顔をあげて行くのだろう。

カバーも、本文の前後にも、小鳥止まらずのイラストだが、作中おいては、ラストシーンまで目木に関する描写はない。能美さんが出張のおみやげにくれた、小鳥が描かれた豆皿を眺めながら思い出すのだ。子どもの頃に、やぶに絡まって死んでいる小鳥を見かけ「もしかしたら、あの鳥が、そこにいたいのかもしれないと思」(246)って、そのままに立ち去ったことを。
枝に密生する棘のせいで、小鳥も止まらないことが名前になった木。春には白い小さな花を、秋には赤い小さな実をつける。

★★★
20100919借
小説 カ行 / comments(0) / trackbacks(0)
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://blog.coo.sunnyday.jp/trackback/1099950