活字中毒者の乱読日記 印象批判100%
マイケル・アダムス『精神分析を受けに来た神の話』
マイケル・アダムス、勝野憲昭訳『精神分析を受けに来た神の話 幸福のための10のセッション』青土社、2009.1、210p、1900-

プロローグ
序 水先案内人
セッション1 ウェイクアップ・コール
セッション2 ある通院患者
セッション3 フラッド・ゲート
セッション4 限界点
セッション5 内なる旅路
セッション6 創造する者
セッション7 過去への扉
セッション8 閃光
セッション9 啓示
セッション10 祈り
神からのミッション
エピローグ
討議のための問いかけ
謝辞
訳者あとがき

精神科医リチャードの留守番電話に、予約希望のメッセージを入れたガブリエル。いちばん早い時間の予約を、という希望で翌日の朝9時に来院したかれは、リチャードにこう告げた。
「私は神です。神として私はここに憂鬱を晴らしに来ました」(21.14)

どん引きするリチャード。
リチャードもその恩師も、ガブリエルは「自分を神と確信する精神異常者」(189.15)と認識しているが、頭の回転の速いガブリエルと、神学、哲学、人間観などの会話をするのは楽しく、リチャード自身が多忙のうちに追いやっていた記憶や、若い理想を思い出すきっかけにもなるものだった。

キリスト教圏に生まれ育ったものの、学問や試作を進める中で、神または神的なものになんらかの疑念を持ち、そのことに罪悪感を抱くような経験があった人には、ものすごく琴線に触れる内容かもしれない。残念ながら、こうした人間存在と神的存在との拮抗や葛藤をよりおもしろく読むつもりなら、わたしには河合隼雄や岸田秀のほうが、知的ミーハーのアンテナをくすぐられる。なだいなだ『神、この人間的なもの』はさらにいい。

それと、訳文が、まるで報告書のようなこなれていない文章で、これも読後感に影響しているように思う。ウィットとエスプリに満ちたこの本の内容を十全に表しきれているのか、かなり疑問。かといって、原文で再読したいほどではないけれど。

タイトルがいちばんおもしろい、という印象は(実は)否めないけど、思考をくすぐられるよい本ではありました。
20101210借
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岸田秀『日本人はどこへゆく』
岸田秀『日本人はどこへゆく 岸田秀対談集』
青土社、2005.8、254p、1900-

生きること、考えること 池田晶子/岸田秀

*愛と性
純愛カウンセリング 岡村靖幸/岸田秀
ニッポンの「性」はどこへゆくのか 佐藤幹夫/岸田秀

*心と宗教
「自己」という病、「近代的自我」という幻想 河合隼雄/岸田秀
一神教VS多神教 岸田秀(浄土真宗本願寺派安芸教区広陵東組寺族部にて)
サイコセラピーと日本人 斎藤学/岸田秀
日本人の「なぜ?」を分析する 岸田秀(聞き手『まとりた』編集部)
*世界と日本
世界共存のための条件 西垣通/岸田秀
「金正日の呪い」を解くには 浅見定雄/西田公昭/岸田秀
パックス・ヤポニカ 押井守/岸田秀

あとがき
大学時代に読んだ『性的唯幻論序説』『ものぐさ精神分析』シリーズ以来、10数年ぶりに岸田秀。かれの全著作は読破する価値がある気がするんだよね。だいたいいつも同じこといってるっていう説もあるけど。

対談の内容によって3つに大別されてるけれども、一貫した、または通底するテーマは一神教と多神教。それぞれのメリットとデメリットをを挙げた上で、状況と場合によってそれぞれの手法を取捨選択していくという未来を提示する(あんま明確にではないけど)。対談ということもあって、ひとつひとつのテーマに深くもぐっていくものではないけれど、小テーマをこれだけ個別に設定しているのに、通底するテーマに引き寄せられていくというのはある意味すごい。さらに、この軽さが読みやすさを読んでて、もっともっと!という知識欲思考欲の呼び水になっていると思う。

ジュンク堂で半分まで立ち読みして結局買ったw 今さらだけど、全著書コンプリートに向かっていこう。
コンプリート(購入)予定の人:岸田秀、大平健、福岡伸一、内田善美、よしながふみ
コンプリート(読破)予定の人:恩田陸、森博嗣、よしもとばなな、栗田有起、長野まゆみ
※村上春樹はほっといてもコンプリートするのでここには挙げない


20100904購入
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香山リカ『雅子さまと新型うつ』
香山リカ『雅子さまと新型うつ』朝日新書、2009.3、
195p、700-

〜雅子さまへの手紙〜
第一章 長期化した療養生活
 始まりは「ストレスによる心身の不調」
 「育児と公務の両立に悩む雅子さま」は共感を呼んだが…
 立たない復帰のめど/皇太子の「人格否定発言」
 雅子さまのストレスの正体/精神科医の治療が始まって…
 「適応障害」と診断したことの波紋/主治医ではないひとりの精神科医として
第二章 雅子さまの本当の病名は
 1 うつ病と適応障害の境界
 環境の激変が引き起こす適応障害
 適応障害と日常的な反応の線引きはあいまい
 うつ病と適応障害の線引きは…/急激なストレスが特定できれば適応障害
 「適応障害」と診断するのはかなり特殊なケース
 なぜ適応障害と発表されたのか/一般的なうつ病、特殊な適応障害
 抗うつ剤SSRIの功罪
 2 複雑化する「うつ病」という概念
 SSRIでは改善しない躁うつ病/躁うつ病の診断はなぜ難しいか
 うつ病と躁うつ病の間に広がるグレーゾーン/オバマもヒラリーも「軽い躁」?
 診断名は適応障害のままでよいか/療養の長期化の意味するもの
 ストレスは続いているのか/雅子さまの本当の病名は
 「治療の一環としての私的外出」が問題に
 雅子さまは「ディスチミア親和性うつ」なのか
 はっきりとした診断名をつけることの難しさ
 仕事を持つ若い世代に多い「逃避型抑鬱」
 混乱する医療現場/揺れ動くうつ=「新型うつ」
第三章 「新型うつ」の人たち
 1 新型うつの典型例から
 診察室で増えている「新型うつ」/「申し訳ない」とは言わない
 時間をかけてもなかなか回復しない/休職期間中に海外旅行
 旅先では元気でも、復職が近づくと不調に/症状に波がある
 家庭崩壊を引き起こす例も/仕事をさせてもらえないことにいらだち
 「元の部署に戻れなければ治らない」
 会社には行けないがボランティアはしたい
 医師として共感しにくい患者の言い分
 復職リハビリの現場にもとまどい/「新型うつ」は甘えているのではない
 2 新型うつはなぜ増えたのか
 新型うつ急増の理由 ー匆颪篆場の変化
 新型うつ急増の理由◆仝朕佑琉媼韻諒儔
 「新しい公務」を模索する皇太子/「私らしく生きる」の落とし穴
 「こうありたい自分」と実際のずれ/雅子さまの膠着状態
第四章 なぜ治りにくいのか
 1 雅子さまはどんな治療を受けている?
 治療方針から読み取れること/万能薬SSRIを投与か
 カウンセリングの基本「支持」と「傾聴」/認知療法とはなにか/行動療法
 認知行動療法と曝露法
 2 治療にはどんな制約があるか
 雅子さまはなぜ治りにくいか/治療環境の制約
 医師と患者が対等な関係でないという制約
 「公務でリハビリ」は不可能という制約
 自分の不完全な姿を見せることへのためらい
 産業医と主治医の違い/二一世紀の労働の“風景”
〜雅子さまと「新型うつ」の人たちへの処方箋〜
あとがき


これまでの「うつ病」「うつ」とは異なる不調を訴えて来院する人々を、「新型うつ」と仮定し、その症状の具体例と、そのことによって引き起こされる新しい問題を採り上げる。さらに「新型うつ」の症状と、皇太子妃の容態の類似点を挙げ、皇太子妃が「新型うつ」なのではないか、という言質は丁寧に避けながら、しかしそのことを暗に仮定して、話は進められる。
現行の治療がなかなか効果を表さない新型うつだが、かれらがどのように治癒へ向かうのか、その有効と思われる方法を提示する。
しかしそれは、この社会という場所の変化とほぼ並行して、また密接な関係のうちに変遷する症状であるがゆえに、効率的な回復は容易ではないだろう、という暗い見通しも同時に示される。
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目次見ただけで内容がわかるようなw
平易な文体、キャッチーな内容、話しかけ口調での、なんつか、ある意味勉強になるよなあw


20100708借
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見田宗介『まなざしの地獄』
見田宗介『まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学』
河出書房新社、2008.11、122p、1200-

まなざしの地獄
新しい望郷の歌
あとがき
解説(大澤真幸)


初出
まなざしの地獄:『展望』1973年5月号、『現代社会の社会意識』弘文堂、1979
新しい望郷の歌:『日本』1965年11月号、『現代日本の心情と論理』筑摩書房、1971


「金の卵」として都市に流入した世代の喪失感、労働力としてのみかれらを求め、かれらが認めて欲しかったかれら自身を黙殺した都市、それらを当然必要なものとして消費した高度経済成長期、を永山則夫(本書では一貫して「N・N」)を通して、繊細に読み解く120ページ。それはまさしく、マックス・フリッシュのいうように「労働力を呼んだはずが、来たのは人間だった」ことを黙殺したがゆえの軋轢。

40年近く前の文章ではあるのだが、その先見性は際立っていて、今読んでもまったく古びない。片田珠美『無差別殺人の精神分析』を読んだ直後だったので、永山則夫が殺人に至った経緯と、かれの人生に胸が痛くなる部分も多かった。
最初に読む見田宗介、にしてもいいかもしれない。社会学って、こういうものなのだね!というような。

20100702借
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片田珠美『無差別殺人の精神分析』
片田珠美『無差別殺人の精神分析』新潮社、2009.5、
223p、1100-

はじめに
第一章 秋葉原無差別殺傷事件
第二章 社会全体に対する復讐
    1.池袋通り魔殺人事件
    2.下関通り魔殺人事件
第三章 特定の集団に対する復讐
    1.大阪教育大池田小事件
    2.コロンバイン高校銃乱射事件
    3.ヴァージニア工科大銃乱射事件
第四章 無差別大量殺人は防げるか?
第五章 殺戮者を生み出さないために
    ―何が抑止力になりうるのか?
あとがき
参考文献一覧


無差別大量殺人(mass murder)を、「単発の事件として一つの場所で発生し、通常二四時間以内に終了する」(11.2)としたディエッツの定義を採用し、事例研究から、なぜ無差別大量殺人が起こるのかを考察、その抑止力が何か、ということを検討しようと試みている。

取り上げている事例における加害者の傾向を、素因、促進要因、容易にする要因、病(被害妄想、拡大自殺、性愛)という項目から考察する。
ここからあぶり出される加害者の傾向は驚くほど似通っており、確かに、無差別大量殺人へと向かう人間のタイプというのは、ある程度定義しうるのではないかと思わされてしまう。

そこで著者の慎重なところは、ひとつの要素が共通するからといってその要素を有している人間の全てが無差別殺人を起こすわけではない、ということを、なんども繰り返し、逆にいえば、
「ではなぜ殺人を起こした人物は、その一線を超えてしまったのか」という部分を、丁寧に洗い出している点にある。


フロイト派の精神分析医としての姿勢を貫くこれらの解釈はある意味ものすごく感動。(というか、フロイト派のお医者さんは、いまでも去勢不安とかの作業用語を分析に使うのか?)

そこからいくと、かれらが無差別大量殺人に至った理由は、かれらが男性として生まれてしまったことに起因すると分析されてしまう。(FBIの分析によると、大量殺人犯は、ひとりだけを殺害する殺人犯と比較して、男性である場合が優位に高い、187.3-9)

その分析結果からは、いかな社会的背景があったとしても、今後も無差別大量殺人はなくならないだろう、という絶望的な結論が導き出される。
この結論に至る過程にいまいち納得がいかないわりには、結論自体は的はずれなものではないのだろう、という不吉な直感が、さらに結論を絶望的に見せるのだ。


これじたいは、ひとつのセオリーと手法に拠った事例分析として評価できると思うのだが(絶望的な結論だとしても)、「わが子を殺戮者にしないためにやってはいけない十か条」(211-)は、ひどすぎると思う。
ないほうがいいと思う。
二重否定なのもどうかと思う。


20100702借
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原田武『インセスト幻想』
原田武『インセスト幻想 人類最後のタブー』
人文書院、2001.11、230p、2300-

序 章 インセストの禁止と侵犯

    インセストタブー、その広さと深さ/制裁と刑罰/
    かくも多くの侵犯者たち/インセスト容認の言説/
    インセストの問題性
第一章 近親への欲動は特殊・例外的なのか
    社会の闇に隠れて/ときには制度化に近づいて/
    実態はどうなのか/母息子インセストの問題/
    インセスト幻想の普遍性/隠蔽、偽装、転置/
    『ハムレット』『ウェルテル』『嵐が丘』/
    インセストの概念、その多様さ/禁止と侵犯の交錯
第二章 近親婚禁忌の起源について
    「家族関係の混乱」説/「なじみ」の理論/
    「なじみ」でインセストは防げるのか/遺伝上の害悪/
    マイナスの影響はどの程度なのか/動物にもある
    インセスト回避/動物と人間/「交換」の理論ー
    レヴィ-ストロース/レヴィ-ストロース説の有効性/
    インセストタブーの謎
第三章 インセストタブーと宗教
    インセスト、神々の特権/高貴な血筋とインセスト/
    穢れと聖性/災いにして幸運/インセストを容認する宗教/
    思い上がりの危険/性の自由と宗教/インセスト行動と
    宗教感情/教皇になった侵犯者/侵犯、恐怖にして喜び/
    無垢な侵犯
第四章 家族が愛人に変わるとき
    家族とは何なのか/虚構としての家族/ファミリー・ロマンス
    /密室の中での家族/家族という危険な関係/家族の絆と
    インセスト
第五章 母と息子、父と娘
    母と子/母息子インセストの助長と抑制/母息子インセストと
    エディプス・コンプレックス/子を呑み込む母/
    母性憎悪の論理/それでもすがりつきたい母/父娘姦、
    暴力的か合意の上か/父が娘に求めるもの/
    ピグマリオン・コンプレックス/母親の反応
第六章 きょうだいインセストとその周辺
    きょうだいインセストの問題/求めあうきょうだいたち/
    「妹の力」/錬金術ーインセストの創造力/密室と
    ユートピア/インセストは死の匂い/自閉行為としての
    インセスト/「双生児」であること、幸運にして不幸/
    気負いもなく、罪悪感もなく
第七章 インセストはなぜ悪なのか
    容認論の数々/心の傷/秩序破壊としての悪/「尊厳」
    あるいは「畏怖」

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インセストの形態を、父-娘、母-息子、きょうだい のそれぞれに
分けたのには強く納得。
生活の範囲が親族手段から家族へと縮小した社会では、
家族間の関係性においてインセストが問題化する。
個人的には、家族間のそれらが脅迫や暴力をともなわないもので
誰も不幸にならないのなら別にいいのではないかと思う、
消極的な擁護論…を持っているつもりなのだけれど、
どこまでが脅迫なのかとか、力を用いないけれども暗黙の暴力性とか
難しそうな気がするけど。

そして、結局インセストを禁忌とする普遍的な理由というものは
存在しないのだ、ということが明らかになるこの衝撃。
近親婚禁忌は遺伝的な理由というより、社会的な理由のほうが
圧倒的に強く、その社会の力が弱まった場合には、その禁忌は
禁忌たる理由を失うのだ。
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南博『家庭内性愛』朝日出版社、1984
吉本隆明『書物の解体学』中公文庫、1981
松園万亀雄編『性と出会う』講談社、1996  了
『日本人の深層分析』有斐閣、1985
池田由子『汝わが子を犯すなかれ』弘文堂、1991
山口遼子『セクシャル・アビューズ』朝日文庫、1999  了
ロジェ・カイヨワ『人間と聖なるもの』せりか書房、1994〔1939〕
橋爪大三郎『はじめての構造主義』講談社現代新書、1988
本田和子『子別れのフォークロワ』勁草書房、1988
吉田禎吾『魔性の文化誌』みすず書房、1998
岸田秀『母親幻想(改訂版)』新書館、1998
山極寿一『家族の起源』東京大学出版会、1994
矢川澄子『「父の娘」たちー森茉莉とアナイス・ニン』新潮社、1997  了
立川昭二『病いの人間史』新潮社、1989
倉橋由美子『わたしのなかのかれへ』講談社、1970  了
新倉俊一『ヨーロッパ中世人の世界』筑摩書房、1983
ロバート・スタイン『近親性愛と人間愛』
谷口優子『尊属殺人罪が消えた日』
沢木耕太郎『人の砂漠』

20090308借
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香山リカ『セックスがこわい』
香山リカ『セックスがこわい』筑摩書房、2008.3
173p、1300-

第1章 心の悩みの原因が、実がセックスレスにあった
第2章 心の病気でも、年をとっても、人には性欲がある
第3章 セックスの男女差と年の差
第4章 性と恋愛と心の悩み 分析編


「女性と見たら妊娠を疑え」ということばがその世界にはあるそうだが、
ある意味それは真実であるというくらい、
心の問題に性の問題は密接に関わっている。
ただそれを、「あってはならないこと」「あるべきではないこと」と
目を背けて正面から取り組むのを避けている業界の現状と、
香山本人の反省を含む臨床例多数。
でもタイトルや目次から想像したほどおもしろくなかった。。
香山自身の先入観などによって、うまくいかなかった事例が多く、
そこに反省はするけど分析には至っていないというか、
うーん、不完全燃焼感がある読後。

20080625借
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石川元『隠蔽された障害』
石川元『隠蔽された障害 マンガ家・山田花子と非言語性LD』
岩波書店、2001.9、274p、

はじめに−個性は素敵、個性は残酷
第1章 山田花子との出会い
第2章 精神分裂病と描画
第3章 山田花子の生涯
第4章 「裏問題児」としての過去
第5章 山田花子と「17歳問題」
あとがきに代えて


1992年5月24日、都内のマンションから投身自殺をした
漫画家、山田花子。
雑誌「ガロ」の追悼特集で、山田の父は、山田が精神分裂病
(元・統合失調症)と診断され、精神科に入院していたことを
寄稿していた。
著者は現役の精神科医で、自殺の予告が描画に表れるという研究を
していたこと、精神医学における「家族」の専門家であったことから
マスコミの取材を受け、山田の存在と作品を知る。
特に分裂病患者の描画の研究をしていたために、山田の発症は
実際に病院にかかるよりも早い時期だったのではないかと気づく。
さらに山田の作品を読み、かの女の生活歴を調べるにつれ、
これは内気で社会的に生きにくかった女性が、分裂病のイキオイで
自殺してしまったのではなく、個性として見過ごされてきた
非言語性LDという性質が、人生の中でストレスを増加させることになり
結果分裂病の発症を引き起こし、かの女をして死に至らしめたのでは
ないか、という仮説を持つ。
で、山田の作品や遺族、周囲の人の証言や日記からそれを証明していく。

ぶっちゃけ、その作業の細かさに気が狂いそうだったけど(笑、
特に第2章あたりがとても参考になった。
最近、自閉症スペクトラムにおける、高機能自閉症に興味があるので、
パラダイムが異なるとはいえ、発達障害についても興味津々。
人生の早い段階からかの女が非言語性LDであるということがわかっていて、
適切な対処を受けることができたら、このような人生を山田は
歩まなくてもよかったかもしれない可能性もある。
そういった児童をソートする意味も含めたテストの重要性を同時に
説くあたり、さすが現役の臨床家。

ふーん、遺族ともめてこの本は絶版なのか。
まあ、そのことと、この本がなかなかに興味深いということは関係ないな。

20080624借 1日で読んじゃった…
この本について、よくまとめてあるはてなを見つけたのでURLをペースト。
はてなdiary「児童小銃
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なだいなだ『神、この人間的なもの』
なだいなだ『神、この人間的なもの 宗教をめぐる精神科医の対話』
岩波新書806、2002、218ページ


この、心そそるタイトル!
なだいなだの対話ものは、『くるいきちがい考』から楽しく読んでる。
70代に入った著者が、同期でクリスチャンの精神科医と、
人間にとって宗教とは何か、いわゆる3大宗教の教祖はどんな人間だったか、
について、自分たちの人生を振り返りながら対話をする。

現在精神的な病とされるものの多くは、場所や時代によっては病とは
認識されないものであった。社会が、その少しの尋常ならざる言動を
許容できるものであったなら、その言動に病名はつかない。
例えばそれは、狐つきであるとか、神おろしであるとか、そういった
名称を与えられる。その言動が、その人の特性であると認識されれば
例えば魔女として、ユタとして、あるいは教祖として受け入れられる。
このような社会的な装置があると、今なら「患者」になってしまう人の
多くが、その装置のもとで生きていくことができるだろう。

(もちろん、何を病とするかは、時代によって大きく異なり、
今なら病気とはされないものが、治らぬ病とされて差別の対象に
なっていたりもしたのだ、ということを失念すべきではない。)


うん、とてもおもしろかったな。買ってもいいかも。
買うなら『民族という名の宗教』もあわせて買うようにしよう。

★★★★
200605借
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河合隼雄『ファンタジーを読む』
河合隼雄『ファンタジーを読む』楡出版、1991、317ページ

 .ャサリン・ストー『マリアンヌの夢』
◆.襦璽沺次Ε乾奪妊鵝愎遊舛硫函
 リンドグレーン『はるかな国の兄弟』
ぁ.檗璽襦Εャリコ『七つの人形の恋物語』
ァ。邸Γ漫Εニグズバーグ『エリコの丘から』
Α.侫リパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』
А.瓮▲蝓次Ε痢璽肇鵝愍臆爾両人たち』
─。諭Ε沺璽辧次愨音がやってくる』
 G・マクドナルド『北風のうしろの国』
 アンリ・ボスコ『犬のバルボッシュ』
 .=グウィン『影との戦い ゲド戦記 
◆.=グウィン『こわれた腕環 ゲド戦記◆
 ル=グウィン『さいはての島へ ゲド戦記』



河合隼雄が、自分の好きなファンタジー作品を、ユング的解釈で
読み解くシリーズ。
親の庇護から離れたとき、または今までと違う理不尽な(と、子どもが思う)
環境に置かれたときにファンタジーは子どもの前に立ち現れ、
そこでの体験を糧に、子どもは成長するが、もちろん少なくない心の痛みや
苦労はしなければならない。多くの場合、親も同様に。
そして、あまりにファンタジーの世界に入り込みすぎると戻ってこれなくなる
(多くの場合、こっちの世界では死ぬことになる)。

というのを基本において読むと、だいたいどの作品も、そのように
読めるのだね(笑。
河合のこれらのシリーズでは、グリムを読んだ『昔話を読み解く』の方が
血湧き肉躍る系かな。
あ、でもここに挙げられた作品の多くに思い入れがあるので、
そこもけっこう楽しめた。
全体に、そんなに複雑な本ではないので、通学2日くらいで読了。
おもしろかった。

★★★
20061003借。
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