活字中毒者の乱読日記 印象批判100%
心に満ちていく短篇集:松本侑子『引き潮』
松本侑子『引き潮』幻冬舎、2004.9、198p、1300-

赤萩の家
帰郷
お湯が入るまで
ツバメ
男の厄年
花と蜜蜂
葉桜
山里にて
引き潮

人生の、あるポイントで、それまでの生き様を振り返るモチーフが多い短篇集。ほんのりと心が暖かくなるようなものから、しんみりとしてしまうもの、思わず涙腺が緩むものまで。
その作品にも食べものが出てくる。しかもけっこう重要なアイテムとして。ものすごく特別な食材や、調理法があるわけではない。しかし、特別なタイミングに、特別な人の手によってもたらされる日々の食べもの。それらに彩られ、縁どられた、さまざまな人の日常の断片。

★★★20101210借
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宮木あや子『群青』
宮木あや子『群青』小学館、2008.10、152p、1300-

紺碧 三原色 群青


血液の病気で余命宣告を受けた由起子は、沖縄の離島、南風原島に単身やってきた。石垣島から高速船で1時間。どこまでも広がる青い海からの風を受けて、毎日散歩をする。もうピアノはひかない。ピアニストとしての活動は、上海音楽廳で演奏した「亡き王女のためのパヴァーヌ」が最後になる。婚約者からも身を引いた。由起子はこの島に死にに来たのだ。調律の狂った、島で唯一のピアノの前に座っているときに、漁師の龍二が声をかけるまでは。
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皆川博子『少女外道』
皆川博子『少女外道』文藝春秋、2010.5、230p、1857-

少女外道
巻鶴トサカの一週間
隠り沼(こもりぬ)の
有翼日輪
標本箱
アンティゴネ
祝祭


父の自慢の庭に季節ごとに訪れる庭師。庭師の息子、葉次は、特にうれしそうでもなく、久緒の面倒を見てくれたものだった。日焼けする肌に流れる血に、一瞬の官能を覚えた少女の後ろめたさ。少女外道
母の叔母の火葬の立ち会った日。裕樹は、高校時代から焦がれていた画家、笹尾苓が血縁であることを知った。一族から逸脱し、実母にも実姉たちとも折り合いの悪い苓。その作風に底流する希死念慮に、若いうちから心惹かれていたことを、本人に会って裕樹は自覚する。巻鶴トサカの一週間
鳰子と義姉、乙矢の奇妙な友情。夫である長兄とうまくはいっていないらしい乙矢だが、自分に甲矢という生まれない双子がいたことを、次兄と鳰子には明かしていた。隠り沼の
連帯と破壊を叫ぶ群集渦巻く大学から離れ、異国の地でフレスコ画に熱中する同胞に出会う。画家が一心に描いているのは有翼日輪。画題を指定されていないときにはいつも、と画家は話した。自分は9歳の時に死んでいるので、と。
東京の女専に合格し、単身上京したおり、実家では死んだと伝えられていた叔母を精神病院に訪ねた。駆け落ちをして心中で生き残り、心を病んだのだという。実家に残された叔母の部屋から持ち出したのは標本箱。夢見心地の叔母は、恋人と思われる男性から贈られたものであるらしい標本箱の中身を全て諳んじた。そして今思い出す。最後の弁に残されていたのは、透明な骨であったことを。
父が養蚕農家である実家を継いだので、小学3年のとき、梓は東京を離れた。県立高女の4年になったとき、江美子が疎開してきた。発表会で着るはずだったという白いチュチュを持って。都会育ちのよしみで、ふたりは仲よくなっていく。アンティゴネ
両親の死後、網元をしている遠い血縁の家にしばらく預けられていた。物書きとして生計を立てられるようになるにつれ、睡眠が沙子から奪われていった。夜間の放浪の末、思い立ってこの海辺にたどり着いた。祝祭
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宮木あや子『泥ぞつもりて』
宮木あや子『泥(こひ)ぞつもりて』文藝春秋、2008、
285p、1476-

泥ぞつもりて
凍(こほ)れる涙
東風吹かば


陽成天皇の妃、宣耀殿、
清和天皇の妃、藤原多美子と平暄子、
清和天皇の妃、藤原高子、
が、それぞれの語り手。
天皇の後宮に上がる女たちの、
個々の事情、個々の感情。
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『花宵道中』でもそうだったが、
なんというか「よく調べましたね」感が拭えない。
出てくる風景や背景に、まったく生命感がない。
伊勢物語の一翼を担う高子はじめ、清和天皇や道真という
メジャーどころの人物頻出の時代を選んだのは、
却って失敗ではあるまいか。

★★
20100608
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村上春樹『東京奇譚集』
村上春樹『東京奇譚集』新潮社、2005、210ページ、1400円

偶然の恋人
ハナレイ・ベイ
どこであれそれが見つかりそうな場所で
日々移動する腎臓のかたちをした石
品川猿



長く友人に貸していたのが返ってきたので記念読書。
しっとりまったり系連作短編集。

自身がゲイであることが発覚したときから仲違いをしている姉に、
ふとした偶然から連絡を取った。不思議な偶然が重なり、
姉との関係を修復する。まるで、ピアノの調律をするように。
「偶然の旅人」

愛しているけれど、人間としては好きになれない息子が
サーフィン中に鮫に襲われて死んだ。その小さなビーチ
「ハナレイ・ベイ」に主人公は毎年滞在する。
打ち寄せる波、振り返る自分の半生、しかし息子の幽霊は、
かの女にだけ、見ることができない。

「どこであれそれが見つかりそうな場所で」、とある
「ドア」を探し続ける探偵。しかしなかなか見つけることは難しそうだ。
今回の行方不明者も、ぶじに帰ってきてしまったことだし。
20日分の記憶と、結婚生活で増えた10kgの体重を失って。

『神の子どもたちは皆踊る』の「蜂蜜パイ」の主人公だった淳平くんが
またしても主人公。「蜂蜜パイ」の空白期間のとある出会い。
きっとこれ、この人が主人公で長編が書かれるんじゃないのか。
パーティで出会った女性に、今書いている短編の構想を話して
聞かせる。それは「日々移動する腎臓のかたちをした石」の話だった。
話ができるとともに、女性は淳平の前から姿を消す。
失ってから気づくのだ、かの女が淳平にとって
「本当に意味を持つ女性」であったことを。
そして「大事なのは誰か一人をそっくり受容しようという気持ち」で
あることを知る。そんで「蜂蜜パイ」に続くわけだな。

自分の名前を、突然忘れてしまう。
忘れてしまうのは自分の名前だけだ。
不安を覚えた主人公が通うカウンセリング。
カウンセラーはあるとき、自信たっぷりにいった、
かの女の名前を盗んだのは「品川猿」である、と。
主人公は、自らの名前を追う中で、今まで気づかなかったこと、
気づかぬふりをしていたことと向きあうことになる。
『神の子どもたちは皆踊る』の「かえるくん東京を救う」が好きな人は
すごく好きな話だと思う。

ベストは「ハナレイ・ベイ」、次点が「腎臓石」。
全体に、小品というか、インパクト的にもおだやかでした。
★★★
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