活字中毒者の乱読日記 印象批判100%
これからの生き方は自分で考えよう:マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』
マイケル・サンデル、鬼澤忍訳『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』
(JUSTICE What's the Right Thing to Do? 2009.)
2010.5初版、2010.8第43刷、380p、2300-
第1章 正しいことをする
幸福、自由、美徳
パープルハート勲章にふさわしい戦傷とは?
企業救済への怒り
正義への三つのアプローチ
暴走する路面電車
アフガニスタンのヤギ飼い
道徳のジレンマ

第2章 最大幸福原理―功利主義
ジェレミー・ベンサムの功利主義
反論その1:個人の権利
反論その2:価値の共通通貨
ジョン・スチュアート・ミル

第3章 私は私のものか?―リバタリアニズム(自由至上主義)
最小国家 
自由市場の哲学
マイケル・ジョーダンの金
私は私のものか?

第4章 雇われ助っ人―市場と倫理
どちらが正しいのか―徴兵と傭兵
志願兵制の擁護論
金を貰っての妊婦
代理出産契約と正義
妊娠を外部委託(アウトソーシング)する

第5章 重要なのは動機―イマヌエル・カント
権利に関するカントの見方
最大幸福の問題点
自由とは何か
自由とは何か
人格と物
道徳的か否かを知りたければ動機を見よ
道徳の最高原理とはなにか
定言命法 対 仮言命法
道徳と自由
カントへの疑問
セックスと嘘と政治
平等をめぐる議論―ジョン・ロールズ
契約の道徳的限界
同意だけでは不十分な場合―ベースボールカードと水漏れするトイレ
同意が必須ではない場合―ヒュームの家とスクイジー・マン
利益か同意か? 自動車修理工サムの場合
完璧な契約を想像する
正義の二つの原理
道徳的恣意性の議論
平等主義の悪夢
道徳的功績を否定する
人生は不公平か

第7章 アファーマティブ・アクションをめぐる議論
テストの差を補正する
過去の過ちを補償する
多様性を促進する
人種優遇措置は権利を侵害するか
人種隔離と反ユダヤ的定員制限
白人のためのアファーマティブ・アクション
正義を道徳的功績から切り離すことは可能か?
大学の入学許可を競売にかけては?

第8章 誰が何に値するか? アリストテレス
正義、目的因(テロス)、名誉
目的論的思考:テニスコートとクマのプーさん
大学の目的(テロス)は何か?
政治の目的は何か?
政治に参加しなくても善い人になれるか
習うより慣れろ
政治と善良な生活
ケイシー・マーティンのゴルフカート

第9章 たがいに負うものは何か?―忠誠のジレンマ
謝罪と補償
先祖の罪を償うべきか
道徳的個人主義
行政府は道徳的に中立であるべきか
正義と自由
コミュニティの要求
物語る存在
同意を超越した責務
連帯と帰属
連帯は同族を優遇する偏見か?
忠誠は普遍的道徳原理に勝るか?
正義と善良な生活

第10章 正義と共通善
中立への切望
妊娠中絶と幹細胞をめぐる論争
同性婚
正義と善良な生活
共通善に基づく政治

謝辞
原注



よくできた内容だな、というのが第一印象。大学時代に、教養課程を叩き込まれた層には、なつかしく訴求するかもしれない。あのとき言われていたのはこういうことだったのか、と思わしめる部分はある。

ただ、ここで問われているのは、われわれが何を以てそれを「正義」と定義するかという問いであって、何が正義かという問いではない、ということは明確にされるべきではないのか。
戦略的にそれが明示されないのはフェアでないのではないのか。
内容としては西洋哲学の講義であり、それこそソクラテスからベンサムまで、それをかれら自身の著作から読むためのきっかけとして、これらの問題を掲げているのだろうことは理解できる。
それでもなお、本書に首肯しかねるのはなぜなのだろう。
大学という場所に学究への誇りと期待を持って入学したかれらを待っているこの問い。
それ自体は極めて学術的で、そして机上の議論である、が、しかし現実への そうだ、それが「justice」を大前提としているところだ。
すなわち「justice」とは何か、ということ。
justiceが時代や場所によって容易に変わり得るという話に進んでいくのだろう、
しかし、justiceという考え方それ自体が存在し得ない世界だってある、ということまで、この本は射程に入れているのだろうか?

衝撃的な書き出し以降は、ベンサムの功利主義など、近代西洋哲学の基礎となる先人たちの学説が説明されていく。
「正義」を切り口として。
それは、おそらく、とてもおもしろいころだろう。
しかしおもう。
かれらは、「正義」のみをかれら自身の哲学の対象としてきたのだろうか?
生きていくのであれば考えざるを得ない「正義」ではあるが、しかし、それのみで生活は成り立たず、哲学は論じきれず、人生は乗りきれない。
本書ではそのことには最終的に触れられない。
ここで西洋哲学を理解するための切り口として「正義」を持ち出しているというアメリカ的思考に、ややうんざりするのだ。
いやこれはアメリカという国の中の学府でおこなわえる講義なのだから、それでよいのだと考えることもできるだろう。
が、これを他国語で読む身とするならば、アメリカという国を超えた視点を、些少でよいから示してほしいと思ってしまう。

しかし、それらの点をすべて保留にしてでも、知的ゲームとしての本書には高い価値がある
ただ、それは本書に書かれていることを鵜呑みにして納得することではなく、言及されている。原著にまで手を伸ばし、自分の頭で思考して理解することを最終目的とする知的ゲームだ。
本書に限らず、どの本でもそうなのだろうけれど。
読むだけではだめなのだ。考えるのも決めるのも、最終的には自分なのだ。
読むだけで満足するタイプの人には、ただ刺激的な文字を追うだけの本に終わるだろう。

ついでいいうと、近代哲学を学ぶなら、最初から原著に触らせるタイプの講義のほうが、自力で考える、という場所には、早くたどり着けると思う。それらの膨大な知識の中から、「正義」に限らず、興味のある切り口で、いくつもの哲学者の考えを切り取っていけばよいのだから。

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次の場所へ行くために:よしもとばなな『彼女について』
よしもとばなな『彼女について』文藝春秋、2008.11、222p、1190-

いとこの昇一が、叔母の遺言でわたしの部屋を訪れた。かれと会うのは10何年ぶりだろう。母と叔母が仲違いをしてから、長らく没交渉が続いていたのだ。いつでも便りにしてくれていいと、幼いあの日、叔母はわたしに連絡先を渡してくれていた。亡くなる直前まで、叔母はわたしを心配し続けてくれていたという。
でも、そんなにされなくても、わたしは両親がいなくなってからもちゃんと生きてきたし、一応恋もしたしセックスもしたし、定職にはついてないけど。でも、昇一が、叔母の思い出をたどる旅をするというのなら、いいよ、わたしもつきあってあげるね。
いとことの、思いがけないお祭りのような、祝福のような数日間の記録。
-----------
そして思いがけないオチ。うまい。ある意味、一人称だからできる技巧か。
「そこまで説明しなくてもいいのにな」ということまで、懇切丁寧に書き込んでくるのは「よしもと」になってからの特徴かもしれないけど、「似た話、他でも読んだ」って気分にときたまなってしまう部分があるのが惜しい。よしもとの小説、ほぼ全部読んでる人間がいるってことをもっと自覚してほしい(笑。
ただ今回は(も?)、設定がかなりぶっ飛んでいて、失速せずに読了できた印象。

20110105借★★★
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約束の場所へ:小山宙哉『宇宙兄弟』1巻〜12巻(以下続刊)
小山宙哉『宇宙兄弟』1巻〜12巻(講談社、2008.6〜)

本気で宇宙を目指してる漫画があるらしいよ。
と、こっそり噂は聞いていたものの、なかなか手が伸びずにいた『宇宙兄弟』。
顧客のニーズと上司の抑圧の狭間でぶちきれた中間管理職の友人が帰宅途中に大人買いし、3回連続して読了した後「これうちにあると仕事にならないから」と里子に出されてきた。持つべきものはお財布の大きいストレスフルな職に就く友人である。

『宇宙兄弟』。
まずカバー紙がかわいい。ぱっと見はシンプルな白なのだが、光を当てると星とラメが七色に輝く。
ロゴの文字も軽いレトロ感と、メカニカルに堅い感じが出ていてよい。
帯をしたままだと背表紙で巻数を確認できないのが難点。
しかしこの帯がいちいち悪くないので、はずすのももったいないという心境だ。

本気で宇宙を目指してる漫画
で、
…本気で宇宙だよ…
という衝撃をまず受ける。
的場健『まっすぐ天へ』(講談社、2004)なみの直接さだ。あっちはイブニング、こっちはモーニング。朝晩対決やいかに(違います)。

人類の月面長期滞在が可能になっている近未来。
主人公の3歳下の弟は宇宙飛行士で、まもなく日本人で初めて月面に到着する。
その弟の悪口を言った上司に頭突きし、自動車設計会社を冒頭でいきなりクビになるのが主人公、六太だ。

少年の頃は弟とともに宇宙大好き少年で、宇宙飛行士になる夢を互いに抱き、相模原はじめJAXAイベントに通いつめていた主人公。しかしいつの頃からか自分の気持ちにブレーキをかけ、工学部卒業の後は自動車設計会社に就職し、勤務を続けていたのだ。一方、弟の日々人は自分の中にある「絶対」を信じ、JAXAの選考をパスし、NASAでの訓練の末、宇宙飛行士となった上、月面着陸クルーの一員に選ばれたのだ。

兄としてのプライドと、弟を守る兄でありたいという自負、いちばん近いライバルとしての葛藤。
うにうにと自分に言い訳をして動かない六太に、日々人がひとつ作戦をしかける。母に頼んで、JAXAの宇宙飛行士選抜試験に願書を応募させたのだ。
日雇いのバイトから帰宅した六太に、書類選考通過の通知が渡される。その日から六太の物語が始まるのである。

取り戻していく物語
とはいえこの六太、少年時代はかなりアグレッシブで、さまざまなことにチャレンジしていく熱い性格だった。寝食を忘れて勉強し、仕事以外ではさびついていた頭脳を磨きなおしていく。体力作りのために毎日走りこみをする。六太にとって宇宙飛行士への道は、まさに取り戻していく過程なのだ。
その過程で、自分の、宇宙へ行きたかった思いを、六太は思い出していく。そして、何故かれが宇宙へ行きたいのか、宇宙へ行って何をしたいのか、を繰り返し思い起こさせてくれるのは、恩人である天文学者のシャロン博士だ。
シャロン博士の名を冠した小惑星「シャロン」。地球からは小さな点としか見えないこの小惑星。しかし、空気のゆらぎのない月面に望遠鏡を建てたら。そこから見える深宇宙では「シャロン」の姿が美しく観測できるだろう。月面に天体望遠鏡を建てる。それが六太とシャロンの約束だ。

六太が宇宙を目指す途上では、いくつもの夢とさまざまな約束が交差する。父の難病を治せる薬を作るためSSLに搭乗したい医師、民間からの有人飛行を目指しベンチャーを立ち上げる60代、兄弟揃って月面に立つ約束をするエリート宇宙飛行士、宇宙を目指し炭鉱の町から飛び立った少年たち。その群像劇も見応えのあるものだが、それをいちいち説明するのは野暮というものだろう。
叶わぬ夢があり、夢にならぬ夢があり、あるいは人に嘲笑される夢がある。しかし、心の奥底にある「約束」が、かれらをして、何度も夢に向かわしめるのだ。

ムッタの造形
この「本気で宇宙を目指す」物語を読者に引き寄せているのは、主人公六太のキャラクタである。
六太は、クビにはなったとはいえ、乗用車の設計で何度も賞をとっているような産業デザイナである(そういう人材を頭突き程度で手放す会社はあるのか? という疑問は実はあるのだが)。
まず、母が勝手に応募した履歴書で書類選考を通過するのがすごい。普通落ちるぞ? 落ちたら話が始まらないが。
また、「エアそろばん」、消化器男事件はじめ、六太の映像記憶力は尋常ではない。動画で保存できる直観像気質だ。暗算力もただならない。
「コロコロムッタ」も、コミカルに語られてはいるが、同時並行してさまざまな作業を同じクオリティで遂行できる能力は、そうあるものではない。
「人よりシャンプーがよく泡立」つ天パの髪。ひょろひょろの体。弟と比べると、あまりかっこいい感じではない風貌と、へたれでみみっちい性格にだまされるが、実は六太はたいへんな天才くんなのである。

それなのに、俺は宇宙を目指す! というかっこいいモノローグには、お風呂アヒルとの入浴シーン。
JAXAの壁にかかる歴代宇宙飛行士の写真の眺め、ここは俺のスペースだ! と意気込むモノローグにはにやけた顔。
いくらでも決められるシーンでついはずしてしまう、ムッタのキャラクタが物語を身近にしている。
そして「元」少年漫画のセオリーにはずれない熱さ。
ムッタしかたねえなあ、と苦笑しつつ、美人を見るとどんな美人にも「おっ!」と思い、日々人との関係にもやもやし、細かいことを気にして枝毛を作り、ときどきはっとし、血潮をたぎらせ、また涙してしまうのだ。

こまごまと見どころと心寄せどころ
他にも、お父さんのトレーナーの胸の文章とか、お母さんの振り切れぶりとか(あの髪型は天パなのか?)、擬音とか、商品名とか、へんなところがいちいちおもしろくて飽きない。ものすごくファットな人のお昼ごはんが、それにふさわしいボリュームだったりね。
12巻が最新刊だけど、全体に★★★★★★★。12巻は3つ。ぶちぬきで4つなのは9巻だけど、これはブライアンと金子信一博士のせいです。

ただのdreamer 人はいうけれど
  この地上にあふれる全ては
僕に似た昔の誰かが 夢見てはかなえてきたもの 
(TM NETWORK「Fool On The Planet」)

それぞれのポイントは違うだろうけど、1回以上の涙腺崩壊必至。休みの前日に箱ティッシュを傍らに置き、万全の体制でイッキ読みすることを推奨! 今年も展開が楽しみな作品だ。

1巻 2008.3、2010.6第11刷、222p、552-
2巻 2008.6、2010.6第11刷り、223p、552-
3巻 2008.9、2010.6第8刷、223p、552-
4巻 2008.12、2010.6第7刷、220p、552-
5巻 2009.3、2010.6第5刷、223p、552-
6巻 2009.6、2010.6第5刷、223p、552-
7巻 2009.9、2010.6第5刷、223p、552-
8巻 2009.12、2010.6第5刷、223p、552-
9巻 2010.3、2010.6第3刷、223p、552-
10巻 2010.6、247p、552-
11巻 2010.9、223p、552-
12巻 2010.12、223p、552-

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マイケル・アダムス『精神分析を受けに来た神の話』
マイケル・アダムス、勝野憲昭訳『精神分析を受けに来た神の話 幸福のための10のセッション』青土社、2009.1、210p、1900-

プロローグ
序 水先案内人
セッション1 ウェイクアップ・コール
セッション2 ある通院患者
セッション3 フラッド・ゲート
セッション4 限界点
セッション5 内なる旅路
セッション6 創造する者
セッション7 過去への扉
セッション8 閃光
セッション9 啓示
セッション10 祈り
神からのミッション
エピローグ
討議のための問いかけ
謝辞
訳者あとがき

精神科医リチャードの留守番電話に、予約希望のメッセージを入れたガブリエル。いちばん早い時間の予約を、という希望で翌日の朝9時に来院したかれは、リチャードにこう告げた。
「私は神です。神として私はここに憂鬱を晴らしに来ました」(21.14)

どん引きするリチャード。
リチャードもその恩師も、ガブリエルは「自分を神と確信する精神異常者」(189.15)と認識しているが、頭の回転の速いガブリエルと、神学、哲学、人間観などの会話をするのは楽しく、リチャード自身が多忙のうちに追いやっていた記憶や、若い理想を思い出すきっかけにもなるものだった。

キリスト教圏に生まれ育ったものの、学問や試作を進める中で、神または神的なものになんらかの疑念を持ち、そのことに罪悪感を抱くような経験があった人には、ものすごく琴線に触れる内容かもしれない。残念ながら、こうした人間存在と神的存在との拮抗や葛藤をよりおもしろく読むつもりなら、わたしには河合隼雄や岸田秀のほうが、知的ミーハーのアンテナをくすぐられる。なだいなだ『神、この人間的なもの』はさらにいい。

それと、訳文が、まるで報告書のようなこなれていない文章で、これも読後感に影響しているように思う。ウィットとエスプリに満ちたこの本の内容を十全に表しきれているのか、かなり疑問。かといって、原文で再読したいほどではないけれど。

タイトルがいちばんおもしろい、という印象は(実は)否めないけど、思考をくすぐられるよい本ではありました。
20101210借
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心に満ちていく短篇集:松本侑子『引き潮』
松本侑子『引き潮』幻冬舎、2004.9、198p、1300-

赤萩の家
帰郷
お湯が入るまで
ツバメ
男の厄年
花と蜜蜂
葉桜
山里にて
引き潮

人生の、あるポイントで、それまでの生き様を振り返るモチーフが多い短篇集。ほんのりと心が暖かくなるようなものから、しんみりとしてしまうもの、思わず涙腺が緩むものまで。
その作品にも食べものが出てくる。しかもけっこう重要なアイテムとして。ものすごく特別な食材や、調理法があるわけではない。しかし、特別なタイミングに、特別な人の手によってもたらされる日々の食べもの。それらに彩られ、縁どられた、さまざまな人の日常の断片。

★★★20101210借
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事件は些事、トリックすら些事:森博嗣『キラレ×キラレ』
森博嗣『キラレ×キラレ』講談社、2007.9、288p、880-

プロローグ
第1章 不愉快な繰り返し
第2章 不連続な繰り返し
第3章 不条理な繰り返し
第4章 不用意な繰り返し
第5章 不思議な繰り返し
エピローグ


遡って読むXシリーズ。満員電車の中で起こった通り魔的な連続事件。列車を降りようとする女性の背中を、鋭い刃物で切りつける悪質な犯罪だ。容疑者の濡れ衣を着せられた知人の依頼で、探偵の鷹知は、小川に声をかけて手がかりを探っていく。
オチとしてはちょいと安直で首肯しかねる感じではあるが、直接の事件やその解決ではなく、主人公的な人々の人間模様が進展していくさまのほうが、むしろおもしろいという構図は、S&Mシリーズからの変わらぬ潮流か。
★★20101210借
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誰も本当のことを知らない:森博嗣『タカイ×タカイ』
森博嗣『タカイ×タカイ』講談社、2008.1、312p、950-

プロローグ
第1章 まずは虚儀に集い
第2章 しかし虚構の眺め
第3章 そして虚飾が陰り
第4章 またも虚脱を語り
第5章 やがて虚栄は崩れ
エピローグ

読んでなかったけどXシリーズというものの3作目らしい。芸大生の真鍋と、バイト先の美術鑑定事務所の助手、小川とが、周囲とともに起こった事件のミステリっぽい側面を洗い出す。萌絵も出てくるけれども、なんだこの迫力は!w 有名マジシャンの自宅庭で、そのマネージャが遺体で見つかった。それも、庭に立てられたポールの上にくくりつけられて。
実際に誰がどのようにかれを殺害したのか、その意図は何なのか、最後まで明確にはならない不思議な展開。むしろ、その遺体の放置状態と、そのトリックが主眼。うーん、不思議だ。でも読んじゃう森博嗣の不思議。

★★20101128借
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小説 作家 森博嗣 / comments(0) / trackbacks(0)
ただの身辺雑記に用はない:とりのなん子『とりぱん』第10巻
とりのなん子『とりぱん』第10巻、講談社、2010.11、130p、590-

そうか、もう10巻か!

帯が豪華な本巻だが、あいにく中身は既刊にくらべて緩い。夏祭りの金魚を餌のやり過ぎで巨大化させてしまった一連のできごとがメインだが、かまさん編、ヒヨちゃん編などで見られた鋭くありつつも寄り添うような観察眼などはあまり見られない。金魚すくって(厳密には「もらって」)持って帰ってきて、という流れをたどっているだけのように見受けられるのだ。

エッセイでも、エッセイコミックでも、書いている人のほんとの日々の雑感雑記ではなりたたないはず。だったらblogでじゅうぶんな話だし、昨今気の利いたblogはそんなレベルをはるかに超越している。『グーグーだって猫である』に感銘を受けるのは、日常の切り取り方がうまいからだと思うのだ。日常のどういった場面を切り取るか、日常のそれぞれの局面にどのような感情を持つか、という部分のシャープさであったり、独創性であったり。繰り返される時間の、どこに注目して何を思うか。そこにぐっとこなければ、本当にただの日記になってしまう。

現在のところ、特筆するほど画力があるわけでもなく、まさに「切り取り方」によって見せていかなければならない題材を扱う作品の作者としては、もっと精進を重ねてほしい。ちょっと油断してないか?
東北出身の人間にとって、作者が過ごしている生活や風景は、とりたててめずらしいものでもないし、そのことだけを読みたくて本を手に取ることもない。似た環境にいる友人知人は少なくないし、かれらの身辺を聞いていたってじゅうぶん楽しいのだ。それを何故わざわざ作品というかたちのもので読みたいかというと、その「切り取り方」ついで「表し方」を楽しみたいから、に尽きる。
10巻という巻は、ある意味区切りになるかも、とも思えてきた。もしこのままの調子で巻が重なっていくのなら、わたしはこの先を読み続けることはしないだろう。

★★20101202購入
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選ばれた少女の至る「月の島」:篠田真由美『緑金書房午睡譚』
篠田真由美『緑金書房午睡譚』講談社、2010.4初版、2010.5第3刷、296p、1600-
第一章 月の島
第二章 ミッドサマー・アフタヌーンに見る夢は
第三章 鏡の向こうになにがある
第四章 どんなときでも目はつぶらずに
終章  クロさんひとり語り


シェークスピアの研究者である父が、1年間の研究休暇でイギリスに滞在するあいだ、比奈子は母方の遠い親戚という古書店に預けられることになった。特にイギリスの古書に詳しいという緑金書房は月島にある。その古風な古書店の屋根裏部屋で、親戚のロクロウさんと過ごす夏休み。父の過去、早世した母の謎に、直面していくことになる。装画は波津彬子。
がんばってファンタジー調にしないほうがよかったんじゃないかという痛々しさ。ヨーロッパの幻想世界につながっていくのには、どうも首肯できない。クロゼットの奥に続く森と街灯に憧れて、押し入れにこもってみた経験がある人には、これを以てファンタジーとされるのは、ちょっとあまりに物足りない。

★★20101128借
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ぼくの少年の日のノートの上に:長野まゆみ『野川』
長野まゆみ『野川』河出書房新社、2010.7、172p、1300-

1 家庭の事情
2 登校
3 日食
4 ルーフテラス
5 新聞部
6 鳩の通信
7 報告
8 海のかたち
9 S山
10 雨の夜
11 野川
12 翔ぶ力
13 鳩のように
14 終業式


慣れ親しんだ都心から、父の事業の失敗と両親の離婚のため、新宿から30分ほどの場所に越してきた音羽。緊張の夏休み明け、かれは少し変わった教師、河井から、新聞部へと誘われる。かつて通信各社は、自社で通信用の鳩を飼い、現場記者から本社へと、情報が送られていたのだという。この中学校の新聞部では、それにならい、部で鳩を飼っていた。音羽はそこで飛ぶことを忘れた若い鳩になつかれる。
ほとんど交流はなかったものの、誇り高い人と思っていた父の意外な姿、また葛藤を経て結びつく絆と深まる理解。気さくな先輩の抱える思わぬ背景。うつろう季節と豊かな自然。長い長い時を経て形作られた地形と、そこで営まれる人々の生活。
おそらくは国分寺崖線沿いの街で音羽が経験する中学2年生の2学期。かれの背景は、氷河が河岸を削った氷河期をも含む、悠久の時間の積み重ねにあること、いかに自分が無力であるかを自覚しながら、それでもできることを探していくこと、周囲の人々への視線と情愛。少年が実に深く、確実に成長していくさまを、あざやかな背景とともに読み進められていくのは、ひとつの幸せである。装丁画は木内達朗。

ちなみに「ぼくの少年の日のノートの上に」は、ポール・エリュアールの詩「自由」の書き出しである。大島弓子「ローズセレモニー」(1979)に引用されていたのは安東次男訳『エリュアール詩集』(思潮社、1969)で、ここでの書き出しは「ぼくの生徒の日のノートの上に」。「小学校のノートに」となっている訳もあるので、これを見るに、おそらくこの原文に近いのは「生徒」なのだろうと推察する。
そこで敢えて「ぼくの少年の日のノートの上に」としたのは、著者自身がこの表現を使っているからだ。おそらく『ことばのブリキ罐』(河出書房新社、1992)に、「この魅力的な書き出しで始まるP・エリュアールの〜」というくだりがあったはず。「少年」も「生徒」も「小学生」も、かれらのある時期を切り取る語と解釈できようが、ひじょうに長野的に、そして音読したときの字数と響きの美しさで、「ぼくの少年の日のノートの上に」を選びたいと思う。

河出書房新社の特集ページはこちら

★★★★20101128借
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